
「 その生も死もかき抱き弾く『うさぎ』 」
藤井凡大・作曲の「日本の小箱」という筝合奏曲を中学生のころから演奏会ごとに弾いていた。
ソロパートがすてきで憧れて、よく自分でも弾いていた。
それ以来、ずっと弾き続けている。
ここ数年はお箏よりも歌の方が好きで、自分で曲を作って弾いてきた。
本来のお箏は十三弦だが、曲を作ったり、歌の伴奏で弾いたりするには、十七弦の小さいお箏を使っている。
お箏は伴奏程度にしか弾いていなかった。
しかし、このごろ、本格的に十三弦のお箏が弾きたくなってきた。
「う〜さぎ うさぎ なにみて はねる」の「うさぎ」を変奏曲にした小品。
昨日、本気で弾いたら、涙が込み上げてきた。
うさぎを飼っていた私は、うさぎがうれしくて、体をひねってジャンプするのも知っている。
うさぎなのに、飛ぶこともできない状態も知っている。
うさぎのあらゆることを見てきた。
病気から介抱して元気になるのも見た。
うさぎもねこも、すべてのペットは私の胸の中で息絶えた。
弾いていて、うさぎの命の深淵をのぞいたような気持ちがした。
本当に曲に入り込むときは、お箏自体が川に見えてくる。
のぞいていると、桜吹雪が舞ったり、紅葉がさらさら流れてきたりする。
でも、それほどに集中できたことは少ない。
久しぶりの感覚は秋の到来に促されてなのだろうか。
(うさぎは冬の季語のようですが、歌の「うさぎ」は十五夜の曲なので、秋の俳句としてもよいかと…。)
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