昨日のブログは、意味深な終わり方でした。(単に何言ってるか分からなかっただけだったらすいません)
でも、そんな感じがすると思われたんじゃないでしょうか。
平均と普通は違いますよね。
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平均は、説明不要だとは思いますが、数量や重さを平らにならした統計的な数値です。
それに対しての普通とは、普遍に通じる、当たり前という事。
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平均は足し算・割り算で表される数値で、
普通は歴史(生活)の中で作られる習慣やイメージ。「暗黙の了解」とも言えるのかな。
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主観ながら、平均を日本の住宅で例えるなら、
平均は40坪4LDK。
普通は、アントニン・レーモンドが昭和28年に言ってます。
「隠されない構造材の純粋性、内部と外部の融合、その調整、正しい方位、窓割りの大きな広がり、軒の出、内部空間の自由度と、融通性ある使い方、材料の使用の自然さ、水平に動く引き戸と扉、移動する間仕切り」(日本建築の精神という一文ですが、これを私は日本の普通と思っています)
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戦後の建物(特にハウスメーカーの住宅)は、住宅が商品化されたため、大きさ・部屋数で区別され、その結果、大きさ・部屋数が住宅の評価の最優先になりました。
住み継がれるのが当たり前だった戦前の住宅に対して、戦後の住宅がスクラップアンドビルド(建て替え)されているのは、これが原因だと考えています。
平均的な大きさ・部屋数を求めるあまり、普通を無視した住宅を作ったから。(*)
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かと言って、普通を意識しすぎた上でのアーティスティックな家を作ろうとも思いません。
「普通こそ」と思いますが、普通は何か決まったディティールではありません。普通をネイティブディメンションズらしく表現するのが、私の設計です。
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(*)日本の文化の中で培われてきた普通をないがしろにすると、意匠上の耐用性が下がり、性能上の耐久性が落ちるため、建て替えをせざる得ない状況になっていると考えています。
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