猫面冠者Ⅱ

主に東洋大学を中心に野球・駅伝などの記録・歴史・エピソードなどなど…。

謹賀新年:箱根駅伝に初出場した昭和八年の『東洋大学学報』

2012-01-01 09:26:00 | インポート
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます

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~生きとし生けるものが幸せでありますように~




このところ東洋大学の活躍がめっきり目立つようになった正月恒例の箱根駅伝。
明日、明後日と行われる第88回の箱根駅伝でも前評判は高くおおいに活躍が期待されますが、東洋大学が箱根駅伝に出場するようになったのは昭和八年の第14回の箱根駅伝から。

ここ数年は大学も箱根駅伝の直前になると、校友宛には観戦のポイントが掲載された『東洋大学学報』を送ってくるほどの熱の入れようでありますが、初出場した昭和八年当時の学報を見てみると当たり前のことではありますが、やはり“隔世の観”があります…。

『東洋大学学報』昭和八年一月二十五日発行
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“年頭の辞”は校友会委員長の安藤正純。明治28年に哲学館を卒業した後、早稲田大学の前身東京専門学校に学び、ジャーナリストから政界へと転身し、当時は政友会院内総務の役職についていた。戦後は第一次鳩山内閣(宇宙人じゃなくてお祖父さんの方)で文部大臣も務めた。

学長の高楠順次郎は学生時代に『中央公論』の前身である『反省会雑誌』を創刊したり、明治33年に明日の箱根駅伝で戦う相手の一つ、中央学院を創立(当時は日本橋簡易学校)した仏教學者。


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筆者が在学していた頃には六号館として使われえていた大講堂は当時まだ計画中。この年の12月30日に竣工した。


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「欧米仏教」担当の“ドクトル・オブ・フィロソフィー”渡辺海旭は“カルピス”の名付け親。「三論学」の花山信勝は聖徳太子研究で著名な人だが、戦後の昭和21年から東大教授となり巣鴨プリズンの教誨師としてA級戦犯の処刑に立ち会った。

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“女子に文學士”とあるように、当時はまだ女子は聴講生。
学長の高楠順次郎は現在は共学となった武蔵野女子学院(現武蔵野大)も昭和13年に創設した。


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先日送られてきた平成23年12月の学報の表紙はマハティール元マレーシア首相。

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http://www.toyo.ac.jp/outline/now/gakuhou_j.html


そういえばいつの間にか書式も横書きに・・・。ネットで育った世代の人たちには縦書きは馴染まないのでしょうか・・・。



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