猫面冠者Ⅱ

主に東洋大学を中心に野球・駅伝などの記録・歴史・エピソードなどなど…。

東洋大学野球部の歴史-戦後編⑤昭和34年

2008-08-27 21:26:00 | インポート
*昭和34年の出来事
 1月:第35回箱根駅伝8位
    :東洋大学父兄会発足(現甫水会)
 4月:社会学部開設(文学部社会学科が独立)
    :社会学研究所設置
    :田部重治ら5名に初の名誉教授の称号授与 
 5月:アジア・アフリカ研究所設置
    :土俵開き挙行、相撲部師範・横綱若乃花以下来校
12月:柔道部、第8回東都大学柔道優勝大会で団体優勝

参考:社会学部HP内「東洋大学社会学部50周年記念事業 準備作業

昭和34年(1959)春 3部1位 ...............


対日体大 対順大2勝1敗

4月4日
東洋大5-1日体大 東洋大○-●順天堂大

上記以外不明


4月19日
順天堂大8-4東洋大



4月20日
東洋大11-3順天堂大



対一橋大 対教育大

4月25日 5月2日
東洋大6-3一橋大 東洋大1-0教育大
東洋大・広沢投手がノーヒットノーラン達成


4月26日 5月3日
東洋大16-0一橋大 東洋大12-6教育大



対上智大 入替戦

1回戦
不 明 武工大 000 000 000 0
東洋大 000 500 21X 8
武工:滝沢・関口・金坂ー馬場
東洋:広沢・周ー船田


2回戦
東洋大 000 001 100 2
武工大 000 000 000 0
東洋:広沢ー船田
武工:関口・滝沢ー馬場
二部昇格



勝点
東洋 5
上智 4
教育 2
順大 2
一橋 1
日体 1




昭和34年(1959)秋 2部3位 ...............


対明学大0勝2敗 対青学大2勝0敗

1回戦 9月5日 於・東農大 1回戦 9月12日 於・中大
明学大 001 001 110 4 青学大 000 200 100 3
東洋大 000 020 010 3 東洋大 010 000 101x 4
明学 阿蘇ー木田 青学 森・荒川・宍戸ー細谷
東洋 広沢ー船田 東洋 広沢・周ー宮沢・橋場
㊂能登(明)㊁能登(明) ㊁村川・荒井(青)西田・後藤(東)

2回戦 9月7日 於・東農大 2回戦 9月15日 於・中大
東洋大 000 000 001 1 東洋大 110 043 020 11
明学大 100 002 20X 5 青学大 000 001 000 1
東洋 広沢・周ー船田 東洋 周・栗田・藤沢・大沢ー船田
明学 竹下・松本ー木田 青学 荒井・林・宍戸・森ー三枝
㊂稲垣・西田2・後藤㊁稲垣





対東農大0勝2敗 対成蹊大2勝0敗

1回戦 10月3日 於・東農大 1回戦 10月10日 於・中大
東農大 200 010 000 3 成蹊大 000 000 000 0
東洋大 000 000 000 0 東洋大 031 101 00X 6
東農 狗飼ー長谷川 成蹊 松本・古川ー若林
東洋 広沢・周ー船田 東洋 広沢ー船田
㊂西田(東)㊁西田(東)

2回戦 10月3日 於・東農大 2回戦 10月11日 於・中大
東洋大 000 000 000 0 東洋大 102 004 500 12
東農大 010 000 01X 2 成蹊大 000 300 002 5
東洋 大沢・広沢ー船田 東洋  周・栗田・大沢・加藤・広沢ー橋場・船田
東農 狗飼ー長谷川 成蹊 松本・古川ー石川・若林
㊁山崎・戸川・三本(農) ㊂永原・日野(成)
㊁古川(成)渡部・後藤(東)



対中央大0勝2敗

1回戦 10月24日 於・中大
東洋大 030 000 010 4
中央大 009 101 00X 11
東洋 広沢・周・大沢ー船田
中央 大谷・田畑・加藤ー西山・丸山
㊁渡部・後藤(東)西山・中井(中)

2回戦 10月25日 於・中大
中央大 011 312 020 10
東洋大 010 000 000 1
中央 加藤・小栗ー丸山
東洋 大沢・広沢ー船田
㊂太田・本田・中井(中)
㊁太田(中)船田(東)



勝点
中央大 10勝 1敗 1 5
東農大 9勝 3敗 2 4
東洋大 4勝 6敗 0 2
明学大 4勝 7敗 1 2
青学大 3勝 8敗 0 1
成蹊大 3勝 8敗 0 1


*各年度の試合結果は
 こちらから
↓  ↓  ↓
「熱球譜」:戦前・戦後の歴史のうちスコア中心の記事
「全試合結果」 : 戦前から現在までの試合結果(「熱球譜」完成までの繋ぎ版)


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「戦前」:新聞記事で拾った戦前の記録
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「エピソード」
「人物」
 




お知らせ

2008-08-23 09:58:00 | インポート
都市対抗野球:東洋大学出身出場者一覧Ⅱ(平成編)
に今年の出場者分を追加いたしました。

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東洋大学野球部の歴史-戦後編④昭和33年

2008-08-19 20:11:00 | インポート
*昭和三十三年の出来事
 1月:第34回箱根駅伝8位
 6月:土地ブローカーが川越市の大学誘致希望の話を持ち込む。
    :陸上部、関東インカレ二部優勝。一部昇格
 7月:東洋学研究所設置。
 9月:大嶋豊第21代学長就任。
11月:鮎川義介名誉総長就任。
11月:川越市と東洋大学設置についての「協定書」取交。

昭和33年(1958)春 二部5位


対明学大 1勝2敗 ............... 対青学大 1勝2敗

1回戦 4月12日 於・青学 1回戦 4月20日 於・青学
明学大 100 000 000 1 青学大 022 000 100 5
東洋大 000 000 000 0 東洋大 000 010 000 1
明学:瀬川ー秋山 青学:岩間ー細谷
東洋:栗田ー後藤 東洋:栗田・崎元ー後藤
㊁五十嵐・杉山(青)後藤(東)

2回戦 4月15日 於・青学 2回戦 4月21日 於・成蹊
東洋大 400 000 110 6 東洋大 201 202 001 8
明学大 300 001 100 5 青学大 200 020 300 7
東洋:栗田ー後藤 東洋:崎元・栗田ー後藤
明学:阿曽・瀬川ー秋山 青学:池山・荒井・岩間ー細谷
本・矢田兄㊂後藤・木村(東)斉藤(明) 本・渡部・西田(東)

3回戦 4月16日 於・青学 3回戦 4月22日 於・成蹊
明学大 000 001 130 5 青学大 005 021 401 13
東洋大 000 200 000 2 東洋大 200 020 300 7
明学:辻本・瀬川ー秋山 青学:岩間・池山ー細谷
東洋:崎元・栗田ー後藤 東洋:栗田・崎元ー後藤
㊁瀬川(明)後藤(東) 本・小林(青)㊂小林(青)㊁五十嵐・徳武・
杉山(青)



対芝工大 0勝2敗 対成蹊大 0勝2敗

1回戦 5月3日 於・成蹊 1回戦 5月10日 於・青学
芝工大 000 103 320 9 成蹊大 210 000 200 5
東洋大 010 310 000 5 東洋大 002 000 000 2
芝工:藤田・石井・岡田ー鈴木 成蹊:松本ー谷口・直江
東洋:崎元・栗田ー後藤 東洋:崎元・栗田ー後藤
㊂伊藤・石井(芝)崎元(東) ㊂松本・中村(成)後藤(東)

2回戦 2回戦 5月13日 於・青学
東洋大●ー○芝工大 東洋大 010 100 011 4
成蹊大 203 000 23X 10
東洋:栗田・宇野ー後藤
成蹊:松本ー直江・谷口
本・松本2(成)


対国学院 2勝1敗

1回戦 5月24日 於・青学
国学院 000 000 000 1 1
東洋大 000 000 000 0 0
国学:渡辺ー上田
東洋:栗田ー後藤
㊁佐々木・後藤(東)

2回戦 5月25日 於・青学
東洋大 000 011 030 5
国学院 000 110 100 3
東洋:崎元・栗田ー後藤
国学:田村・渡辺ー日比・上田
本・佐々(国)㊂渡辺(東)㊁滝山・三東(国)

三回戦 5月26日
国学院 000 000 000 0
東洋大 022 030 01X 8
国学:渡辺・池田ー上田・玉置
東洋:崎元ー後藤
㊂稲垣・後藤(東)㊁後藤・木村(東)


昭和33年春:二部リーグ順位表
勝点
芝工大 9勝 3敗 3分 4
青学大 7勝 5敗 1分 3
成蹊大 7勝 5敗 3
明学大 7勝 6敗         3  
東洋大 4勝 9敗 1
国学院 3勝 9敗 2分 1

*青学大主将の球審殴打事件
昭和三十三年五月十八日に成蹊大球場で行われた青学大対成蹊大一回戦で成蹊大投手のボークをめぐって青学大主将が球審に抗議。ボークは認められなかったが、試合後に青学大主将が球審を殴打してしまった。
青学大は主将を除名、連盟は青学大の三部降格処分と三部優勝校・武蔵工大の二部昇格を決定。

更に六月九日、日本学生野球協会は秋のリーグ戦開始まで練習試合を含むすべての対外試合禁止の罰則を課した。



昭和33年(1958)秋 二部6位


対芝工大0勝2敗1分 ............... 対成蹊大0勝2敗

1回戦 9月14日 於・武蔵工大 1回戦 9月20日 於・成蹊
芝工大 012 000 002 5 成蹊大 210 000 001 4
東洋大 020 030 000 5 東洋大 000 000 100 1
芝工 石川・亀井・蛯名ー金井・倉田 成蹊 松本ー谷口
東洋 栗田・周・崎元ー後藤 東洋 周ー後藤
㊂西田(東)㊁門岡(芝)岡(東) ㊁有吉(成)渡部(東)

2回戦 9月15日 於・武蔵工大 2回戦 9月21日 於・武蔵工大
芝工大 010 001 003 5 東洋大 000 000 000 0
東洋大 100 000 020 3 成蹊大 000 030 01X 4
芝工 伊豆野・蛯名・西川ー金井・倉田 東洋 藤沢・栗田ー後藤
東洋 藤沢・崎元ー後藤 成蹊 松本ー谷口
㊂景山(芝)㊁石川(東) ㊁中村(成)

3回戦 10月29日 於・明学
東洋大 000 110 000 2
芝工大 600 013 00X 10
東洋 藤沢・栗田ー後藤
芝工 石井ー松田
本・松田(芝)㊂佐々木(東)㊁永山・藤田・
岩下(芝)後藤・二瓶(東)



対明学大0勝2敗 対国学院0勝2敗

1回戦 10月4日 於・武蔵工大 1回戦 10月12日 於・明学
明学大 002 021 002 7 国学院 100 003 212 9
東洋大 000 000 000 0 東洋大 000 000 000 0
明学 阿曽ー秋山 国学 渡辺ー上田
東洋 周・栗田・加藤ー後藤・橋場 東洋 藤沢・周・崎元ー後藤・船田
㊂金田・菅野(明)㊁渡辺(東) 本・上田(国)㊁長島・滝山(国)石川(東)

2回戦 10月28日 2回戦 10月13日 於・明学
東洋大 110 002 010 5 東洋大 000 020 000 2
明学大 000 012 31X 7 国学院 100 050 01X 7
東洋 栗田・周ー後藤 東洋 栗田・周ー船田・後藤
明学 阿曽・瀬川ー秋山 国学 三東・渡辺ー上田
㊂渡辺(東)㊁西田・金田(明) ㊂矢吹(国)渡辺(東)



対武蔵工大2勝1敗 入替戦

1回戦 11月1日 於・成蹊 1回戦
武工大000 000 01 1 東洋大002 000 00 2
東洋大141 002 51 14 青学大000 030 01 4
武工 原田・滝沢・関口ー馬場・星田 東洋 栗田・周ー船田
東洋 栗田・崎元ー後藤 青学 林ー細谷
日没コールド

2回戦 2回戦
東洋大●ー○武工大 青学大001 102 01 5
東洋大000 000 34 7
青学 宍戸・小林ー細谷
東洋 栗田ー船田


3回戦 11月3日 3回戦
東洋大 100 180 0 10 東洋大 200 000 0 2
武工大 100 000 0 1 青学大 410 200 0 7
東洋 藤沢・周ー船田・橋場・後藤 東洋 周・栗田ー船田
武工 原田・滝沢ー馬場 青学 林・宍戸・池山・小林ー細谷
三部降格



昭和33年秋:二部リーグ順位表
勝点
芝工大 10勝 0敗 2 5
成蹊大 7勝 4敗 2 3
国学院 6勝 7敗 3 2
明学大 5勝 7敗 1 2
武工大 5勝 8敗 1 1
東洋大 2勝 9敗 1 1


*各年度の試合結果は
 こちらから
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「全試合結果」 : 戦前から現在までの試合結果(「熱球譜」完成までの繋ぎ版)


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ノーヒットノーランに一安打完封でお返し・・・:鶴岡昌宏選手=東洋大野球部の歴史―人物⑧

2008-08-08 22:08:00 | インポート
今年は早々と姿を消してしまったものの、過去には全国制覇の実績もある東洋大姫路高に比べ、未だ甲子園出場の叶わぬのが東洋大牛久高だが、近年、大野久監督を迎えて徐々に力をつけ甲子園まであと一歩のところまで来ている。今年も茨城大会ベスト4で力尽きてしまったが、来年以降に期待したいものだ。

その東洋大牛久高が夏の茨城大会で最有力候補に挙げられていたのが昭和五十年。この年は春の県大会を制し、関東大会では準々決勝で小川淳司投手の習志野高に2-1で惜敗。(夏の甲子園では習志野が優勝した)

当時の夏の茨城大会展望記事は次のように記している。
春季大会優勝の東洋大牛久と取手一、太田一がやや先行している。東洋大牛久の主戦鶴岡は一七四センチと小柄だが、カーブの威力は相当なもの。制球も良く、春季大会では失点わずか一。打線はそれほどの破壊力は感じられないがしぶとい。(『朝日新聞』昭和五十年六月十九日付朝刊)

ところがこの記事からちょうど一ヶ月後の七月十九日の紙面には次のような記事。
東洋大牛久(茨城)は姿消す
・・・茨城で大番狂わせ。最有力とみられた春の県大会優勝校東洋大牛久が、主戦鶴岡を温存したため、一回に四点を奪われ、伏兵の鉾田一に敗れ、初出場の二回戦で早くも姿を消した。

    鉾田一7-2東洋大牛久

(『朝日新聞』昭和五十年七月十九日付朝刊)


あっさりと甲子園の夢破れてしまった鶴岡選手は東洋大に進学するが、当時は一級上に松沼雅之投手、同期には広島商業出身、甲子園ベスト4でしかも同タイプの左腕山村力人投手が一年時からマウンドを踏んで実績を挙げており、鶴岡選手がリーグ戦に登場するのは三年の秋になってからである。

初登板は昭和53年9月14日対中大一回戦でリリーフで1イニングのみ。翌日の二回戦には一点リードされた九回代打で登場、同点に追いつくタイムリースリーベースを放つ。更に9月20日の対亜大二回戦では初先発し7回1/3を投げ被安打8自責点2、試合は引き分けに終わり勝敗は付かなかったが打撃の方ではこの日も3打数2安打1打点、しかも安打は三塁打と二塁打である
結局このシーズンは投手としては登板3試合10回1/3・被安打10・自責点2、打撃では終盤三番ライトでスタメン出場しトータルでは12打数6安打4打点、三塁打2・二塁打2、と打撃の方で光っていた。二回目の優勝を決めた最終戦こそ出番はなかったが、打撃面では貢献したといえようか。

最終学年となった昭和53年春、開幕の中大戦。先発はエース格と目された同期の左腕山村力人投手であった。

昭和54年4月3日:対中大一回戦
東洋大000 000 000  0
中央大001 001 00X  2
(東)山村・兵頭・望月-田鎖・浜田
(中)香坂-長井
二塁打:熊野・浜村(中)
2700153013
266264206

香坂(中大)がノーヒット・ノーラン
開幕に快記録 21年ぶり、東洋大戦で

・・・中大の香坂英典投手=四年、川越工出=が無安打無得点試合を達成した。
香坂は速球を主体に快調に投げ、七回に四球を出し惜しくも完全試合を逃したが、毎回の15三振を奪って東洋大を抑え、三、六回にあげた2点を守り切った。同リーグの無安打無得点試合は三十三年四月十日に若生照元投手(中大)が対東農大二回戦で記録して以来、二十一年ぶりで七人、通算八度目(完全試合2を含む)である。・・・

・・・記録へのヤマ場は七回。一死から二十人目の代打鶴岡に四球を与え初めての走者を出した時。・・・
(『朝日新聞』昭和五十四年四月四日付朝刊)


翌日の二回戦はパーフェクトを阻止した鶴岡選手が先発した。

昭和54年4月4日:対中大二回戦
中央大000 000 000  0
東洋大001 000 10X  2
(中)米村・鳥居・松田-長井・土肥
(東)鶴岡-浜田
281083004
264264206

大記録の後は完敗
鶴岡(東洋大)にわずか1安打

東洋大の勝因は鶴岡の好投にあった。一回、いきなり一死満塁のピンチを招いたが、落ち着いた投球で切り抜け、二回からは切れのよいカーブと直球をうまく散らして中大打線を完全に封じた。・・・

香坂KOへ執念
前日の汚名を1安打完封でお返しした東洋大の佐藤監督だが、「いや、まだすっきりしません。なんせ二十一年ぶりの出来事だったんですからね」とすっきりしない表情。前日は合宿に帰ってから夜の十時まで、この日は朝八時から十一時まで練習して選手をしごいたそうだ。
「もう一回香坂君と勝負したいと思っていた通りになったのはきのうからの練習のたまものといえる。どうなるかわからないが、“後遺症”を完全に吹っ切るためにも彼を打ちくずしたい」と佐藤監督は高坂KOへ並々ならぬ執念をみせていた。(『朝日新聞』昭和五十四年四月五日付朝刊)


翌日の三回戦は中一日の香坂投手と連投の鶴岡投手の投げ合いとなった。
昭和54年4月5日:対中大三回戦
東洋大000 100 000  1
中央大000 000 000  0
(東)鶴岡-浜田
(中)香坂-長井・土肥
本塁打:塚原(東)
302152004
272042103

鶴岡、連日の完封
東洋大勝ち点 香坂(中大)痛恨の一球
香坂が力で、鶴岡がコーナーワークで、ともに持ち味を出しきって投げ合った。香坂は三回まで失策の走者を一人、鶴岡は四球の走者を一人出しただけという危なげない投球だった。しかし、勝負はたった一球で決まった。東洋大は四回も簡単に二死となった。ここで塚原が0-1からの胸元の直球を強打、右翼席へたたき込んだ。・・・

雨のち晴れ佐藤監督
実力ナンバーワンの中大から勝ち点をあげた東洋大の佐藤監督は「選手が本当によくやってくれた。夢のようだ」と言葉をはずませる。一回戦で屈辱(無安打無得点)を味わわされた香坂を攻略してのうれしい勝ち星だけに、実感がこもっていた。
その前で投打のヒーローである鶴岡と塚原が肩を抱き合って健闘をたたえ合っていた。二回戦に続いて完封勝ちした鶴岡は「中大は一発があるので慎重にコーナーを突いた。七回ごろからは一点でも勝てると思ったが、連続完封なんて信じられない」と照れる。・・・(『朝日新聞』昭和五十四年四月六日付朝刊)


鶴岡投手のこのシーズンは登板10試合で5勝2敗、71回2/3・被安打57・自責点15。打では33打数7安打6打点、二塁打2であった。(中大はこの東洋大戦以外は勝ち点をあげ優勝、大学選手権も制している。打の中心となったのは習志野高の小川淳司選手であった)


最後のシーズンとなった秋のリーグ戦、開幕の対青学大一回戦では3回で降板となってしまったが、三回戦では延長11回を投げ切り、決勝のツーランを含む2本塁打を放っている。
昭和54年9月6日:対青学大三回戦
東洋大010 000 100 03  5
青学大000 001 100 00  2
(東)鶴岡-田鎖・浜田
(青)吉田・小菅-谷・楠戸・井上
本塁打:鶴岡2(東) 二塁打:藤倉(青)

投打の中心となった鶴岡選手は主に5番を打っていたが9月19日の対亜大二回戦では四番・右翼手でスタメン出場し4打数2安打、翌三回戦のスタメン発表ではついに「四番、ピッチャー鶴岡君」のアナウンスが流れた。投げる方では5回途中の降板となってしまったが、降板後もレフトに回って4打数1安打の結果を残している。

打撃では10月4日の対国士大一回戦を終えた時点で24打数9安打4打点、本塁打2・二塁打3であった。最終的には投では10試合登板で4勝5敗、70回1/3・被安打74・自責点18、打の方は45打数12安打5打点、本塁打2・二塁打4。さすがにスタミナも切れたのか最終戦では投・打とも出場がなかった。

大学での通算成績は
   投:投板23試合9勝7敗・152回1/3・被安打141・自責点35・防御率2・07
   打:90打数25安打15打点・打率2割7分8厘・本塁打2・三塁打2・二塁打8
である。

卒業後は日産自動車に進み本選出場はならなかったものの、ロサンゼルス・ソウルと二度のオリンピック予選に日本代表として出場。また、都市対抗野球では昭和59年の第55回大会で三番・大野久、四番・鶴岡の東洋大コンビで優勝を果たし、平成3年の第62回大会では10年連続出場の表彰を受けた。社会人では打者一筋である。

鶴岡選手のプロフィールはtoyo-jinguuさんの「応援します 東洋大野球部」の中の
「1978年 東都大学春季リーグ 主要メンバー① 東洋大野球部」 のページ で見ることができます。


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東洋大学野球部の歴史-戦後編③昭和32年

2008-08-03 15:07:00 | インポート
*昭和32年の出来事
東洋大学では土浦市荒川沖の元朝日製紙工場跡一万余坪に野球場、競技場、プールなどを含む総合グラウンドを建設、商業高校の新設をはじめ将来は分校、学生宿舎、教職員寮も設置することになった。完成は同学七十周年記念に当たる今秋十一月の予定。(『讀賣新聞』昭和三十二年二月十三日付朝刊)

 1月第33回箱根駅伝10位
 3月法経学部2部、短大法文科法経専攻廃止。
 5月文化連合(後に文化団体連合)・体育連盟(6月21日体育会に改称)結成。
学生自治会、文化本部・体育本部から独立。
 6月:川西正鑑第二十大学長就任。
    :砂川闘争の全学連拠点校となる
10月:専教連事件。
    財政窮迫のなかで川西学長らと専教連(東洋大学専任教授連合会)が経営方針をめぐって
    対立、学生も巻き込んだ紛争となる。 11月に2教授解職、6教授が退職。理事側も2名が辞任。 
11月:創立七十周年記念式典。
:空手道部、第1回全日本大学空手道選手権で3位
12月:学生自治会、全学ストライキを決行


*土浦のグラウンド計画は幻となったようである。学内の確執と関係があったのかは不明だ。
昭和32年(1957)春 二部3位


対芝工大 0勝2敗 ............... 対成蹊大 2勝1敗

4月13日 於・青学 1回戦 4月21日 於・成蹊
芝工大 200 000 101 4 成蹊大 000 000 000 0
東洋大 000 010 010 2 東洋大 000 013 20X 8
芝工:長崎-新玉 成蹊:佐藤-多辺田
東洋:崎元-後藤 東洋:崎元-後藤
㊂荒金(芝)深沢(東)㊁新玉(芝)石川(東) ㊁渡辺(東)佐藤(成)


2回戦 4月14日 於・青学 2回戦
東洋大 000 000 000 0 東洋大●ー○成蹊大
芝工大 000 132 20X 8
東洋:栗田・崎元-後藤 (上記以外不詳)
芝工:岡田・桃木・菱名-新玉・鈴木
㊂桃木(芝)㊁荒金(芝)石川(東)

3回戦
成蹊大●ー○東洋大

(上記以外不詳)





対青学大 0勝2敗 対国学大 1勝2敗1分

1回戦 5月4日 於・青学 1回戦 5月11日 於・成蹊
青学大 011 012 000 5 国学院 000 001 301 001 6
東洋大 002 000 020 4  東洋大 030 000 002 002x 7
青学:磯田・横井・池山-小林 国学:三東・田村-上田・久村
東洋:崎元・妹尾-後藤 東洋:妹尾・金野-後藤



2回戦 5月23日 於・青学 2回戦 5月13日
東洋大 000 000 000 0 東洋大2-6国学院
青学大 100 100 10X 3
東洋:栗田・妹尾-後藤 (上記以外不詳)
青学:横井-稲垣
㊂渡辺(東)

3回戦 5月14日
国学院 000 000 200 2
東洋大 000 002 000 2
国学:萩野-高徳
東洋:崎元-後藤



4回戦 5月15日
国学院 000 115 011 9
東洋大 100 001 000 2
国学:渡辺-高徳・上田
東洋:妹尾・今野-後藤


対明学大 2勝0敗

1回戦 5月26日 於・青学
東洋大 100 100 020 4
明学大 000 000 000 0
東洋:崎元-後藤
明学:瀬川-秋山



2回戦 5月27日 於・青学
明学大 100 100 000 2
東洋大 130 001 00X 4
明学:丹下・瀬川・白井-秋山
東洋:崎元・妹尾-後藤


昭和32年春:二部リーグ順位表
勝点
芝工大 10勝 1敗 1分 5
青学大 8勝 5敗 4
成蹊大 5勝 7敗 1分 2
東洋大 5勝 7敗 1分 2
国学院 4勝 7敗 1分 2
明学大 1勝 10敗 0


昭和32年(1957)秋 二部6位


対明学大 1勝2敗 ............... 対東農大1勝2敗

1回戦 9月21日 於・成蹊 1回戦 10月6日 於・東農大
東洋大 020 010 000 3 東農大 000 000 000 0
明学大 002 100 13X 7 東洋大 000 001 00X 1
東洋:妹尾・崎元-後藤 東農:比企ー河瀬
明学:白井-矢田 東洋:妹尾ー後藤


2回戦 2回戦 10月7日
明学大○ー●東洋大 東洋大 000 000 000 0
東農大 000 010 00X 1
(上記以外不詳) 東洋:妹尾ー後藤
東農:愛敬ー河瀬


3回戦 9月23日 3回戦 10月8日
東洋大 000 000 010 1 東農大 000 010 040 5
明学大 000 000 011x 2  東洋大 100 001 000 2
東洋:妹尾-後藤 東農:二宮・比企ー河瀬
明学:白井・丹下ー矢田 東洋:崎元・妹尾・栗田ー後藤
㊁後藤・羽柴(東)服部(明)






対国学院1勝2敗 対青学大0勝2敗

1回戦 10月16日 於・青学 1回戦 10月19日 於・
東洋大 000 100 000 1 青学大 000 001 330 7
国学院 030 000 20X 5 東洋大 021 010 002 6
東洋:栗田・崎元ー後藤 青学:池山ー細谷
国学:渡辺ー上田 東洋:妹尾・崎元ー後藤
本・渡辺(東)

2回戦 10月17日 於・青学 2回戦
国学院 000 000 000 0 東洋大 000 000 000 0
東洋大 000 000 01X 1 青学大 000 000 11X 2
国学:渡辺ー上田 東洋:栗田ー後藤
東洋:妹尾ー後藤 青学:小林ー細谷


3回戦 10月23日
東洋大 000 001 000 1
国学院 000 005 10X 6
東洋:崎元・栗田ー後藤
国学:渡辺ー上田



対成蹊大0勝2敗 入替戦 対教育大 2勝1敗

1回戦 10月27日 1回戦
成蹊大 003 000 002 5 東洋大 007 000 10 8
東洋大 000 000 010 1 教育大 000 000 00 0
成蹊:松本・佐藤ー多辺田 東洋:妹尾ー後藤
東洋:妹尾ー後藤 教育:本田・石川・前田・大原ー三村
日没コールド

2回戦 10月28日 2回戦
東洋大 000 000 230 5 教育大 022 001 0 5
成蹊大 003 000 040 7 東洋大 000 011 0 2
東洋:崎元・栗田ー後藤 教育:大原・石川ー三村
成蹊:佐藤・松本ー多辺田 東洋:崎元・栗田ー後藤
日没コールド

3回戦
東洋大 101 002 000 4
教育大 000 000 000 0
東洋:妹尾ー後藤
教育:大原・石川・前田ー三村
二部残留


昭和32年秋:二部リーグ順位表
勝点
東農大 10勝 1敗 5
成蹊大 8勝 3敗 3
明学大 6勝 7敗 1分 3
青学大 5勝 6敗 3
国学院 4勝 9敗 1分 1
東洋大 3勝 10敗 0


*各年度の試合結果は
 こちらから
↓  ↓  ↓
「熱球譜」:戦前・戦後の歴史のうちスコア中心の記事
「全試合結果」 : 戦前から現在までの試合結果(「熱球譜」完成までの繋ぎ版)



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