猫面冠者Ⅱ

主に東洋大学を中心に野球・駅伝などの記録・歴史・エピソードなどなど…。

“祝賀パレード”に“全学休講”…新聞記事に見る昭和40年代の東都入替戦

2017-01-09 10:28:00 | インポート
今年最初の記事でございます。
松も取れてしまいましたが、本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、下馬評通り箱根駅伝で圧勝し、初優勝から三連覇を果たした青学大が七日の土曜日に青山キャンパスで優勝報告会を行った後、渋谷のセンター街でパレードを行ったとの事。

青学大、渋谷センター街で箱根3連覇&年度3冠Vパレード!もみくちゃにされながら繁華街行進(『スポーツ報知』)

過去二回の優勝の際は、練習拠点のある相模原キャンパスで報告会を行っていたそうですから、箱根の優勝メンバーが渋谷の街を練り歩くのはこれが初めてのことでしょうか…。


駅伝では初めてでも、野球の方は今から45年前の1972(昭和47)年に渋谷でパレードを行っております。それも、“優勝パレード”ではありません…。

9度目の挑戦 宿願の一部へ
東都大学野球の青学大
東都大学野球一、二部入替戦、青学大(二部)ー芝工大(一部)の2回戦は九日神宮球場で行われ、青学大が連勝して一部入りを決めた。青学大は初めての一部昇格。芝工大の二部転落は四十二年秋以来で、通算三度目である。

一部昇格は相撲でいえば十両が幕内にはいったようなものだが、青学大にとってはこれまで8度も挑戦して破れなかったカベを突き破ったとあって約五千人の学生応援団は大喜び。「芝工大は学園紛争で二年生が最上級生、チーム力も落ちているのでチャンス」とはりきっていた選手たちも宿願達成に、監督13年の近藤監督を何度も胴上げし、渋谷の青山学院までパレードした。
破れた芝工大の田島主将は「必ず、かえってきます」とくちびるをかたくかみしめ、応援学生の前でうなだれていた。
(『朝日新聞』昭和四十七年六月十日付朝刊)


というわけで、野球では東都一部リーグに初めて昇格を決めた際にパレードを行っておりました。青学大の場合、見出しにもあるように、九回目の挑戦で初めて一部昇格を果たしたのでありますから喜びもひとしおだったのでありましょう。

青学大一部初昇格までの入替戦
S28秋:○駒沢大 2-0青学大●
S29秋:○駒沢大 2-0青学大●
S31秋:○駒沢大 2-1青学大●
S40秋:○芝工大 2-1青学大●
S41春:○専修大 2-0青学大●
S42春:○東洋大 2-1青学大●
S44秋:○東洋大 2-0青学大●
S46秋:○東洋大 2-1青学大●
S47春:●芝工大 0-2青学大○

もっともこのパレードの記事は五年ほど前にUPした記事、
入学式の日の翌朝、自宅に電話が…“今日神宮で先発してくれ!”=昭和46年春の芝工大
でもご紹介しておりますので、ご記憶の方もいらっしゃっるかと思いますが、いずれにせよこの時代は学校によっては大学当局も入替戦にすら熱を上げていたようであります。

青学大の初昇格から一年後の昭和48年春・日本大対専修大の入替戦の記事にはこんなくだり…。
全学休講で応援
○…十四、十五の両日約三千人近いファンを集めた東都大学野球の入替戦。一部の日大が過去十八回の優勝を誇れば、挑戦した専大はかつて一部で二十七回という最多優勝回数を持つ“東都の雄”同士の一戦だった。

専大にとっては四十三年秋、日大との入替戦で一部に落とされてから実に九シーズンぶりのチャンスだった。それだけに学校側も異例の全学休講して一部昇格への夢をかけたが、そのかいなく学生たちもガッカリ。一方の日大は過去の二部落ちがよほど痛かったのかリーグ戦ではみられなかった積極的な攻撃で一部の面目をほどこした。

こんな“伝統の一戦”に「日大と専大の入替戦とは東都もトウトウ落ちたもんだ」とは古い東都ファンの嘆き。
(『朝日新聞』昭和四十八年六月十六日付朝刊)


全学休講で“三千人”というのは、むしろ少なすぎるような気も致しますが、専修大当局の“気合”はこの記事からも伝わってまいりますねぇ~。

この時は昇格を逃した専修大ですが、さらに一年後の昭和49年春の入替戦で一部復帰を果たします。あいては初昇格の時にパレードをした青学大でありました。

この試合の模様を伝える『朝日新聞』の記事は、ネタ枯れの日でもあったのか、かなりのスペースを割いておりますので、ちょっと長くなりますが全文引用することに致します。

名門専大返り咲く
     東都大学野球入替戦
         青学大を下し一部へ
緑のスクールカラーで大学野球のファンに親しまれていた東都の名門、専修大が一部に返り咲いた――東都大学野球リーグの一、二部入替戦、専大―青学大の2回戦は七日、神宮球場で行われ、二部の専大が一部の青学大に勝って連勝となり、秋の一部復帰が12シーズンぶりに決まった。

宙に舞う小林監督
一万人を超える三塁側の専大学生たちは紙吹雪を飛ばして大喜び。小林昭仁監督(45)の体は選手の手で四度、五度と宙を舞い、同監督は涙を浮かべ「よかった」と言葉につまった。

専大といえば十四年から十六年にかけての6連勝を含め、一部での優勝回数は26回。中大の21回、日大の16回を上回る東都きっての古豪だった。戦前には立谷投手、梶岡投手(元阪神)、戦後は森永外野手(広島監督)坂井投手(大洋)らの名選手を出している。

ところが駒大をはじめ東洋大、亜大などが力をつけてきてとうとう四十三年秋、いま南海で活躍している佐藤投手がいた日大に敗れ二部に転落した。その後一昨年秋の青学大、昨年春の日大戦など合わせて三度の甍慧千二いどんだがいずれも敗退、一部のカベは専大ナインの前に大きく立ちはだかったままだった。

その専大に四十七年四月小林監督が就任した。専大出でありながらそれまで駒大監督をつとめ、当時、三年生だった駒大・太田監督を「野球にきびしい人だった」といわせた。二部に転落以来ぬるま湯につかったままの専大選手。

その専大が立ち直ってこの日青学大を連破。「力がついてきたのでふん囲気にさえのまれなければと気になったが、冷静にやってくれた」と同監督は話していた。

八回、決勝点をたたき出した主将の大野は「そりゃ、二部はつらい。神宮第二、農大グラウンドで試合をやり、たまに一部の試合をみると本当にうらやましいと思った。ぼくらもぜひ、神宮球場でと誓った。打ったのは外角高目の球」と殊勲打と一部復帰に言葉もふるえる。監督、主将はそろって「これからは伝統に恥じないプレーを」と口にした。
(『朝日新聞』昭和四十九年六月八日付朝刊)

画像

一万人の大応援団の前で監督を涙の胴上げ…ってまるで優勝したかのような光景であります。

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かように熱のこもった昭和40年代の入替戦なのでありますが、この専修大一部復帰を伝える『朝日新聞』には、同じ紙面で同記事の上に以下のような囲み記事を掲載しております。

学生応援が少ない東都
東都大学の入れ替え戦、専大ー青学大戦は力のはいった好試合。神宮の内野席は両校の学生でほぼ埋まった。六年ぶりに一部入りをめざす専大の学生の力の入れ方はわかるが、二部転落なるものかと元気いっぱいの青学大の学生数も専大に劣らない。今シーズン、青学大は苦戦の連続。このようなときなぜ学生諸君の声援が少なかったのか。どうもふに落ちない。

毎シーズンの優勝を決めるとか、入れ替え戦の時だけにしか、活気のある学生諸君の声援がみられないのはどこに原因があるのだろうか。しかし、六大学リーグ戦は各校とも真の対抗戦意識が浸透しているのか学生応援の数はいつもバランスが取れている。だが、東都リーグの各校の学生諸君はリーグ戦に関心がなさすぎるように思われる。これは同じ世代の学生諸君だけに理解に苦しむ。

東都リーグを盛り上げるためには、関係者はまず一人でも多くの学生の自由な声援を得るなんらかの方策を考えるべきだ。東都はその試合内容で六大学をしのぎながらはるかに見劣りするのはその学生応援団の数である。秋にはこの点、六大学をしのぐことが自らのリーグ内容を高め、さらに選手をふるい立たせて行くように思う。(好村)


“好村”と署名があるところから、この記事を書いたのは、戦前の六大学野球で立教大の投手、四番打者、主将兼監督としても活躍、朝日新聞では運動部長、編集委員をつとめ、在任中に日米大学野球選手権や全日本大学駅伝を誕生させた好村三郎氏と思われます。(退職後は東海大学体育学部教授。2012年92歳で死去)

ですので、優勝が懸かった時や入替戦の時だけ盛り上がる東都の学生のムシの良さを嘆いているのがひしひしと伝わってまいりますが…。


いまや、“毎シーズンの優勝を決めるとか、入れ替え戦の時”ですら、昔日と比べると観客も少なくかつ平均年齢もかなり高めになっている東都大学野球。
どうやら、“学生諸君”が球場に足を運ばなくなったことで“学生応援の数はいつもバランスが取れている”ようになってしまったようです…。


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