ねこのにくきゅう「泣き虫おかん日記ー星が笑えばー」

あかいねこの
       ひとりごと 

自殺実態白書213まとめと私の感情

2013-06-07 08:09:33 | 日記
遺族の悲しみは「沈黙の悲しみ(silento grief)」といわれる。
心の深い闇(ブラックボックス)は、まだまだ続くのだ・・・

自殺実態白書に参加して、月命日が終わりやっとまとめる事ができました。
息子の死をむだにしたくないと思う反面、もう息子は還ってこないのに私の心の救いにはなったのだろうか?!  いろんな葛藤がありました。参加して良かったのか?今でもよくわかりません。ただ目をそむけずに息子の死を受け入れなければならないのです。
知らなければ知らないで済んだ事も多くあり、知ってしまって辛くなる事がありました。
知れば知るほど自殺が計り知れない程のたくさんの問題を抱えているという事のその深刻度をどうか受け止めて頂きたく思います。

※今ある命を守りたい
私自身が生と死のはざまを、まだウロウロしています。正直な所、醜い私の心は自死遺族が増えれば私の気持ちの理解者が増える事に繋がってしまいます。
そんな考えなので、今はまだ私には自殺対策ができません。ただ私の考えは自死は、あかんのではないとも思う。あかんと否定してしまえば、息子の死はなんだったのだ?!

※自殺から自死への言葉の見直し
自殺から自死への言葉の見直しも、すでに定義の限界を超えている。
違う言葉が必要とされる。
“社会的脅迫死”の方が適切である。

※自死とは追い込まれての死である
亡くなる人が残す言葉2つの共通点
①ごめんなさい⇒追い込まれた末の死である
②もう生きていけない
この2つは息子の遺書にもありました。
生と死のはざまをうろついている私でさえ、この2つは何度も何度も叫んでいます。

※自殺対策
個人対個人での取り組み(カウンセリング等)が「点の対策」、グループでの取り組み(分かち合い等)が「線の対策」であるに対し、自殺総合対策は社会全体で行う「面の対策」であると考えます。
自殺対策は地域づくり、社会づくりでもあります。自殺に追い込まれる人達はそれだけ地域や社会において「生き辛さ」を感じているはずですので、その正体を見極めて対策を講じていけば、自殺の手前にいるかもしれない私たちにとっても生きやすい地域社会の現実につながります。となると、すべての人が自殺対策に関係することになります。

自死は誰にでもおこりえることです。
私のやらなければならない目標は、悲しみを優しさに
                辛さを勇気に
                         もって行くこと。


興味を持たれ詳しく知りたいと思われた方がいらっしゃいましたら、ライフリンクホームページをご覧ください。
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