
仙台市から東岸へ、高速で30分ほど行くと宮城県多賀城市がある。
1300年前~大和朝廷の国府が置かれていた。
『多賀神社』
ご祭神 経津主命 武甕槌神
飛鳥時代654年、
常陸の国(茨城県)より北へ版図を広げた大和朝廷は
陸奥の国(宮城県)まで進出し、多賀城市に国府を置いた。
九州の太宰府から東北の多賀城までが大和朝廷の領域となり、
ここが蝦夷と大和の境界で、大和側の最東端の拠点でもあったが、
多賀城は869年の貞観津波で流さてしまい、今は見る影もなく、何も無い。
『多賀城神社』
『アラハバキ神社』
アラハバキ(荒脛巾)は足の神様として、東日本に多く祭られている古い神様だ。
先月の投稿【妙見信仰】も東日本に多いが、
アラハバキ信仰はそれよりも500年以上は遡る古くからの信仰だ。
民家の庭に入っていく感じでお参りする。
足の神様だけあり、履物が沢山かけられていた。
隣には太子堂。
荒脛巾=アラハバキのハバキとは、
忍者が足に巻いている脚半の様なもので、足のスネに巻くもの。
「荒脛」は神武天皇の東征神話に登場する「長脛彦」の
「長脛」(ナガスネ)とも意味は同様である事から、
同一の神と言われている。
神武天皇が、大和を征服した時に抵抗していた先住部族だった為、
表向き「長脛彦」と言う御名で祭る事を憚って
「荒脛巾」と言う御神名で足の神様として祭られたとの説がある。
『十三湊』
長脛彦らは東北まで逃げて古代東北をまとめた。
十三湊の古墳に長脛彦は埋葬されたという。
祭られる神社は、長脛彦神社とも荒脛巾神社とも呼ばれたらしい。
陸奥の国(みちのく)は、大和朝廷側とは違う
古い神々が、ひっそりと祭られているスポット。
✨✨✨✨✨🙏
最後までお読み頂きありがとうございました。
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