日々なるようになる

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大原 ・ 三千院

2012-06-18 | 西日本で過ごした時の記録です。

 

 

朝 7時少し前に  で出発  平日でもあり 渋滞も無く 8時過ぎには 大原に着きました。

三千院近辺には 駐車場がたくさんあるとのことでしたしたが 一番手前の駐車場に止めるか それとも

もっと先の駐車場まで行ってみるか 迷いましたが ・・・ 先に行って空いていなかったら ・・・ 

とも考え 一番手前の駐車場に停めることにして  三千院までの長閑な道 約 500mを 

上へと歩いていくと 駐車場は どこも空きスペースが    まっ いっかぁ~ 

大原バス停からだと三千院の参道を呂川に沿って しば漬け屋さんや雑貨のお店が

軒を連ねているようですが 駐車場方面への道は これといったお店はなく ちょっと残念でした。

 

 

 

大原の地は千有余年前より魚山(ぎょざん)と呼ばれ 仏教音楽(声明)の発祥の地であり

念仏聖による浄土信仰の聖地として今日に至ります。  創建は傳教大師最澄上人(786~822)が

比叡山延暦寺建立の際 草庵を結ばれたのに始まります。

別名、梶井門跡 ・ 梨本門跡とも呼ばれる天台宗五箇室門跡の一つで 当院は皇子、皇族が

住職を勤めた宮門跡です。 現在の名称は 明治四年法親王還俗にともない梶井御殿内の

持仏堂に掲げられていた霊元天皇が書かれた勅額により 三千院と公称されるようになりました。

寺伝では寛和二年(986)に「往生要集」の著者で天台浄土教の大成者である恵心僧都源信が

父母の菩提のため姉の安養尼と共に建立したと伝えられます。

 

 

茶席から眺めた

聚碧園 (しゅうへきえん)

菖蒲はすっかり終わっていましたが 手入れのいきとどいた庭園は眺めているだけで癒されますね。

 

往生極楽院

お堂に比べて大きい 「阿弥陀三尊像」 国宝  を納める工夫として 天井を舟底型に折りあげています。

現在は肉眼では分かり難いものの その天井には極楽浄土に舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれています。

平成十八年秋開館の重要文化財収蔵施設「円融蔵」の展示室に復元模写されて 創建当時の

極楽浄土の面影を知ることができます。  苔庭に癒されます。

 

阿弥陀三尊像 (国 宝)   パンフレットから

 

 

右斜め少し下側に寝そべっている 「わらべ地蔵」がいます。

 

正面からではわかりにくいですが 手前にいるのが 地面に腹ばいになっている 「わらべ地蔵さま」です。

足をバタつかせているようにも見えます。  後ろ側には 仲良く寄り添った 「わらべ地蔵さま」がいました。

 

 

この苔庭に長年住んでいる 住人 座敷わらし ならぬ 「苔庭わらし」 なのかも ・・・ 。

さらに 右側に 大木の間に 手を合わせた 「わらべ地蔵さま」

思わず こちらまで 手を合わせてしまいました。

 

「紫陽花苑」の紫陽花 

あじさい祭りは 6月10日からですが 少々早かったかも ・・・ 。

それでも 以前から 訪れたかった 「三千院」  おそらく 紫陽花には早いだろうとは思っていました。

人が そんなにいなかったので かえって良かったです。 満開の季節になったら 人の多さで

ゆったりとした気持ちにはなれなかったでしょう。 

 

 

この日は 梅雨の晴れ間で 30℃くらいあり 暑かったですが

木々に覆われ 庭を流れる水の音が 涼を誘います。

 

 

あじさい祭り開催時のお楽しみ ・・・ 大原名産の紫蘇ジュース

冷たくて とっても美味しかったです。

 

とても静かな山間の三千院 山からのせせらぎ 野鳥の囀りと

カエルの鳴き声だけが聞こえていました。

静かな時が流れ 雑踏を忘れさせてくれる ひと時でした。

 

 

 「大原石仏」と呼ばれています。 高さは 2.25m

定印阿弥陀如来   鎌倉時代に製作とされています。

 

 

      つづきもありますので       

 

 

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