日々なるようになる

ツウニャンの呼び名 ”いくつもありま~す ”
ケ・セ・ラ・セ・ラ~ ((´∀`*))ヶラヶラ

鞍馬寺

2012-06-27 | 西日本で過ごした時の記録です。

 

 

 

約二億六千万年前 海底火山の隆起によって生まれた鞍馬山には 太古より尊天の霊気が満ち溢れており

鞍馬寺が歴史に登場するのは宝亀元年(770)のこと ・・・ 寺伝によれば この年に鑑真和上の高弟・鑑禎上人に

よって毘沙門天がまつられた。 そののち咏延暦十五年(796)に造東寺長官の藤原伊勢人が堂塔伽藍を建立し

千手観世音もあわせてまつられました。 かくて 皇室・幕府から庶民に至るまで幅広い信仰を集めてきたが

昭和二十二年に鞍馬弘教が立教開宗されて 鞍馬寺はその総本山となり今日に至っています。

 

尊天とは 「宇宙の大霊であり大光明 大活動体」であり 私達人間をはじめ万物を生かし存在させてくださる

宇宙生命・宇宙エネルギーであって その働きは愛と光と力となって現れる。

 

 大原から鞍馬までは 同じ左京区でもあり  30分もかからずに到着しました。

主人が兼ねてから訪れたいと言っていた 「鞍馬寺」

しょっぱなから 階段があるではないか 

 

こんなに上まで階段を上らなくては ・・・ ホントに  かったです。

ケーブルでいけるって ・・・ こんな階段のことは 記されてなかったのに ・・・ 

 

仁王門の両脇には 「仁王尊像」 が祀られています。

    

 

仁王門をくぐると ケーブルの乗り場へ行くのに また 階段があり   

ケーブルに乗って 二分で 「多宝塔駅」に到着です。 

 

多宝塔

 

緩やかな上りの 石畳を  

 

石畳を歩き終わり ・・・ 山々の向こう 左側に 比叡山 が望め 気持ちの良い風が心地よかったです。

 

ところが ・・・ 後を振り返って まだ 階段が 

ガイドブックにも 更に階段があるとは書いてないのに~ とほほです。

私が 涼んでいる間に 相方がいないと思ったら ・・・ 上から下りてくるではないですか 

「もぅ 上まで行ってきたょ」 ですって 「えぇっ~」 と私

上で待ってても上がってこないから 下りてきたんだと ・・・ 「えぇっ~ 行ってきたの~

上で待っててくれれば いいのに~ 

気の短い人ですから ・・・ 性格わかってるから 腹もたたないけど ・・・ 

さて 一頑張りして  階段をえっちらおっちら   

 

こちらで 手を清めてっと ・・・ 旦那は清めるなんてしてないな 

 

以前 テレビでパワースポットとして紹介されていましたね。

板石は 本殿後方より出土したもので 平安時代より鞍馬寺に伝えられた如法写経会の絵巻を埋納した

経塚の蓋石である。 板石の下から発掘された経物造物二百余点が ことごとく国宝に指定されています。

 

本殿金堂

三尊尊天を奉安。 地下は宝殿となっています。 

 

 緑色岩(ハイアロクラスタイト)

ここの緑色岩は風化して褐色になっているが もとは鉄分の酸化状態によって緑や赤紫を示す。

緑を「貴船よもぎ」 赤紫色を「紫貴船石」と呼び 水石では加茂七石の一つとして珍重されています。

あれだけの階段を上ると 脚がガクガクです    相方も膝が笑ってるとか言ってましたっけ ・・・ 

なにしろ この日は暑くて もぅ バテバテになりました 

帰りも ケーブルで降りました 

 

 

はるか昔 お釈迦さまは

お説きになりました

憎しみと怒りの心を

捨てたときに平和が訪れると

 

今 私たちは持っています

戦わないという勇気ある選択をした

人類の至宝 「日本国憲法」を

 

戦争で悲しまないために

戦争で悲しませないために

お釈迦さまのお教えと

平和憲法を両輪として

平和への道を進みましょう

 

と 駅の待合室に書かれていました。

 

 

ちょうどお昼時 食事をと思っていたら 木曜日はお食事処が殆どお休みで ・・・ 

涼しいところで ゆっくりとお食事をしたかったのに 残念でした。

ちょっとしたお土産やさんで お蕎麦とか食べれそうなので入ってみることにしました。

お店の中は 民芸品がいっぱい飾られていました。 

 

鞍馬てんぐにちなんでか   天狗のお面を数個掛けられていました。

 

甘味処らしく セットメニューは これのみで後は お蕎麦だけでしたね。

私はセットメニュー デザート付きにしました。

深山膳 ・・・ みやまぜんといって すましぞうに(よもぎ餅と白餅) 生麩佃煮 十種雑穀ごはん 山菜

おすましのお出汁がとても美味しく 生麩の佃煮も十種雑穀ごはんも美味しかったですね。

ただ 冷房などはなくて ・・・ 自然の風が気持ちよくと言いたいところですが ・・・ 

 

少しは元気が戻ってきましたょ~   さて 時間も まだ 早いので 近場のところに寄っていく事にしました。

 

 

拙い記事にお付き合いくださり有難うございます。

お時間のある時にでも 懲りずに お付き合いくださいますよう 宜しくお願い致します 

 

 

 

 

 

 

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大原の里 ・ 宝泉院

2012-06-21 | 西日本で過ごした時の記録です。

 

 

 

三千院を出て右側に歩いていくと 突き当たりに 「勝林院」 があります。

大原問答で知られる古希

長和二年(1013) 寂源法師が法儀声明の道場として中興したことが起源とされる古希。

法然上人を招いて 念仏によって往生できるかという論争「大原問答」を行った場所として知られています。

 

更に左側の細い道を行くと すぐ 額縁庭園で知られている 「宝泉院」 があります。

 

 平安初期 比叡山に天台仏教を開いた最澄の高弟・円仁が唐に渡り 十余年間の

仏教修学を終え帰国し叡山に蜜教、五会念仏等、また、その法要儀式に用いる

仏教音楽「声明」を伝えました。 後、長和二年(1012)寂源は大原寺(勝林院)を

創建し 法儀声明をを盛んにしました。 平安末期 良忍が出るに及んで大原は 

法儀声明の修学地(声明の里)として有名になりました。

当院は大原寺(勝林院)住職の坊として平安末期よりの歴史を持ち 現在に至っています。

建物は室町時代文亀二年の再建といわれるが 建物の形式からみて江戸初期の再建だと思われる。

 

鶴亀庭園

江戸中期作 部屋の中から格子ごしに鑑賞します。

池の形が鶴、築山が亀、山茶花の古木を蓬莱山とみる名園です。

 

 

囲炉裏の部屋

勢い良く何かが飛んできて  何と 大きなトンボが部屋を通り過ぎていきました。

長閑ですよね~ 

 

そして こちらでは お抹茶とお菓子が振舞われます。

 

額縁庭園

 柱と柱の空間を額に見立てて鑑賞します。

風が通り抜け 涼しい空間 まるで絵画を眺めながらの お抹茶とお菓子の一献

安らぎの ひと時でした。

五葉の松

 

 

 

竹林の間より大原の里の風情を満喫できるようになっています。

 盤桓園 (立ち去りがたい意) と称します。

 

癒しの空間を後にして お次は相方の行ってみたいところへ向うため駐車場へと戻っていきました。

途中 前に記した バス停へとつづく 三千院の参道の前を通り過ぎ ・・・

本来ならば 参道の方も行ってみたいところですが ・・・ 下っていったら また その道を戻ってこなくては

ならないので 残念ではありましたが 通り過ぎて駐車場まで戻りました。

 

      

     拙い記事にお付き合いくださり有難うございます。 まだ 続きが ・・・ ありますので 

          お時間のある時にでも お付き合いくださいますよう 宜しくお願い致します        

 

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大原 ・ 三千院

2012-06-18 | 西日本で過ごした時の記録です。

 

 

朝 7時少し前に  で出発  平日でもあり 渋滞も無く 8時過ぎには 大原に着きました。

三千院近辺には 駐車場がたくさんあるとのことでしたしたが 一番手前の駐車場に止めるか それとも

もっと先の駐車場まで行ってみるか 迷いましたが ・・・ 先に行って空いていなかったら ・・・ 

とも考え 一番手前の駐車場に停めることにして  三千院までの長閑な道 約 500mを 

上へと歩いていくと 駐車場は どこも空きスペースが    まっ いっかぁ~ 

大原バス停からだと三千院の参道を呂川に沿って しば漬け屋さんや雑貨のお店が

軒を連ねているようですが 駐車場方面への道は これといったお店はなく ちょっと残念でした。

 

 

 

大原の地は千有余年前より魚山(ぎょざん)と呼ばれ 仏教音楽(声明)の発祥の地であり

念仏聖による浄土信仰の聖地として今日に至ります。  創建は傳教大師最澄上人(786~822)が

比叡山延暦寺建立の際 草庵を結ばれたのに始まります。

別名、梶井門跡 ・ 梨本門跡とも呼ばれる天台宗五箇室門跡の一つで 当院は皇子、皇族が

住職を勤めた宮門跡です。 現在の名称は 明治四年法親王還俗にともない梶井御殿内の

持仏堂に掲げられていた霊元天皇が書かれた勅額により 三千院と公称されるようになりました。

寺伝では寛和二年(986)に「往生要集」の著者で天台浄土教の大成者である恵心僧都源信が

父母の菩提のため姉の安養尼と共に建立したと伝えられます。

 

 

茶席から眺めた

聚碧園 (しゅうへきえん)

菖蒲はすっかり終わっていましたが 手入れのいきとどいた庭園は眺めているだけで癒されますね。

 

往生極楽院

お堂に比べて大きい 「阿弥陀三尊像」 国宝  を納める工夫として 天井を舟底型に折りあげています。

現在は肉眼では分かり難いものの その天井には極楽浄土に舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれています。

平成十八年秋開館の重要文化財収蔵施設「円融蔵」の展示室に復元模写されて 創建当時の

極楽浄土の面影を知ることができます。  苔庭に癒されます。

 

阿弥陀三尊像 (国 宝)   パンフレットから

 

 

右斜め少し下側に寝そべっている 「わらべ地蔵」がいます。

 

正面からではわかりにくいですが 手前にいるのが 地面に腹ばいになっている 「わらべ地蔵さま」です。

足をバタつかせているようにも見えます。  後ろ側には 仲良く寄り添った 「わらべ地蔵さま」がいました。

 

 

この苔庭に長年住んでいる 住人 座敷わらし ならぬ 「苔庭わらし」 なのかも ・・・ 。

さらに 右側に 大木の間に 手を合わせた 「わらべ地蔵さま」

思わず こちらまで 手を合わせてしまいました。

 

「紫陽花苑」の紫陽花 

あじさい祭りは 6月10日からですが 少々早かったかも ・・・ 。

それでも 以前から 訪れたかった 「三千院」  おそらく 紫陽花には早いだろうとは思っていました。

人が そんなにいなかったので かえって良かったです。 満開の季節になったら 人の多さで

ゆったりとした気持ちにはなれなかったでしょう。 

 

 

この日は 梅雨の晴れ間で 30℃くらいあり 暑かったですが

木々に覆われ 庭を流れる水の音が 涼を誘います。

 

 

あじさい祭り開催時のお楽しみ ・・・ 大原名産の紫蘇ジュース

冷たくて とっても美味しかったです。

 

とても静かな山間の三千院 山からのせせらぎ 野鳥の囀りと

カエルの鳴き声だけが聞こえていました。

静かな時が流れ 雑踏を忘れさせてくれる ひと時でした。

 

 

 「大原石仏」と呼ばれています。 高さは 2.25m

定印阿弥陀如来   鎌倉時代に製作とされています。

 

 

      つづきもありますので       

 

 

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ツタンカーメン展

2012-06-12 | 西日本で過ごした時の記録です。

 

 

兼ねてから 行きたいと思っていた 「ツタンカーメン展」 大阪では 6月の初めまでと

なっていたのが 7月16日まで延長になったとか ・・・ 

大阪で駄目なら 上野で行こうともくろんでいたのです 

上野に行くより大阪での方がかなり近く 1時間足らずで開催会場に行けるんですよね。

千葉からでは住んでるところが田舎なもので ・・・ 近い方が良いに決まってますからね 

なので大阪で まだ観られるとなったら 是非にでも行かねばです。

相方にも 一緒に行かない と聞いたら あまり興味がないみたいなので 

思い立ったら吉日で   昨日 主人が出勤したあと さっさっと家事を済ませ

アサイチで ルンルン で 行ってまいりました。

尼崎と九条で乗り換えて 大阪港駅で下車 チケットを持っていなかったのですが 

駅を出たところにあったローソンでチケットが購入できるとなったいたので 

こちらでチケットを購入しました。 これで窓口で並ばずに済みました 

朝から  で暑かったです    海遊館の前あたりに来ると 会場の天保山特設ギャラリーが見えてきました。

 

会場に着くと もぅ 行列が出来ていました 

まだ 開場前でしたのに ・・・ 連日満員御礼ということで 待たずに入場できるアサイチで来られてるんですね。

私も その一人ですが 思うことは皆一緒なのね 

どんな 素晴らしいものに出逢えるか ワクワクしちゃいました 

 

 

stage 1 ~ stage 6 の構成になっていました。

3300年の時を超えよみがえる 「古代エジプト黄金の秘宝」

ツタンカーメンの王墓から見つかった 副葬品約 50点をはじめとする古代エジプト第18王朝

ファラオたちの貴重な秘宝 122点 (日本未公開の展示品を含む)

今回は「ツタンカーメンの黄金のマスク」は残念ながらありませんでしたが

ツタンカーメンの内臓を保管されていた器の「黄金のカノポス」やツタンカーメンのミイラが

身にまとっていた 「黄金の襟飾りや短剣」などが展示されていて 圧巻であり見ごたえのあるものでした。

実際に 昔 この世に存在していたエジプトの王であった人なんだなぁ~

ツタンカーメンが使用していたとされる椅子や副葬品  実際に腰掛けたり使用していたんだなぁ~ 

と感慨深い気持ちになりました。  と同時に 素晴らしいものたちに出逢えました。

 

 

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近畿地方梅雨入りだそうです。

2012-06-09 | 西日本で過ごした時の記録です。

 

6月6日は台風の影響で 「金星の太陽面通過」が危ぶまれました。

午後には雲も少しずつ切れてきて 雲の合間から太陽がのぞきはじめました。

早速 日食グラスで太陽を見上げましたら ・・・ 微かに観えたような気がします。

自分では観えたんだと信じて ・・・ 

時間的にはギリギリの時間で もうすぐ太陽面を通り過ぎる手前でした。

翌日は朝から良いお天気で ・・・ 一日ずれていたら バッチリでしたのに ・・・ ね。

この日 主人のいる西宮へ新幹線で向かいました。

ホームに停まっているのは東北新幹線の「はやて」 です。

ホームに入ってきた時には残念ながら カメラはバックの中でして 

かっこいい列車でした 

はやて  画像をクリックすると大きくなります。

 

今回も 「ひかり」自由席で気ままに西へ向かいました。

大阪方面からきた 「こだま」 が折り返し 「ひかり」 となります。

10分足らずで 座席を回転させ カバーや清掃などを済ませる早業 この列車に乗る

乗客の皆さん殆どが見入っていました。 

 

 さて いつものお楽しみ駅弁です 

 

こちらのお弁当 ご覧のように トクホのお茶が付いて 1000円 でした。

お味も期待以上に美味しかったんです。

お野菜のお惣菜はもちろんですが おもちポテトは作ったことがありますが

トマトベースにとは ・・・ 意外性に ・・・ あっ なるほどねぇ~  洋風にもできるんですね。

 

 そして いつもの 「富士山」 残念ながら 厚い雲にすっぽりと覆われて見えませんでした。

静岡辺りは曇りでしたが 名古屋辺りから日が差してきていました。

新大阪には定時に到着 3時間の車窓の旅   ちょうどいいかもです。

新大阪のホームに降り立ったら もわっとした空気が広がっていて暑く感じました。

暑いのもそのはずです。 この日は 30℃ でしたから。

急激な暑さに へこたれそうになりながらも  JRに乗り換え大阪駅へ

大阪駅を出て 阪神デパートにさしかかると ・・・ あの クリームパンが ・・・ 

20人くらい並んでいましたが めげずに並んで買い求めました 

 

まだ できたてほやほやです。 中のクリームがどっしりと重くて崩れやすいので

このように ダンボールで折られた箱に入れてくれます。

 やっとこさ着いて ε-(*´ω`*) ホッ   アイスコーヒーとで早速いただきました。

クリームがこぼれ落ちてきます。   至福のひとときだわぁ~    疲れがだいぶ取れました。

 

近畿地方は 今日梅雨入りしたそうです。 いやな季節のはじまりですね。

さ~て こころして このうっとうしい季節を乗り切っていかねば ・・・ です