おきると荘の書斎

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いかに理想に近付くのか、何が理想なのか

2016-06-23 23:39:00 | ノンジャンル
うさぎ小屋③

 履修届は締め切り日になんとか提出した。結局のところ、最初の1週間で見学に行った授業を適当に割り振り、1限の授業は少なめに入れた。1年生はあまり専門分野の講義を履修する必要がなく、履修登録票にはいわゆる一般教養の授業が並んだ。教職は保険のつもりで取っておいた。改めて見返すと歴史・文学・社会学と文系科目だらけだ。埋めたいのにどうしても埋まらないコマには「文系科学」という科目をバランス調整のつもりで入れておいた。これで理系の話が分かるようになるとはとても思えなかったが。
 オリエンテーションが終わり、本格的に授業が始まった。面白いと言われている授業は確かに大したもので、僕はしばしば視聴率の取れる教養番組を見ているような気分になった。反対に、高校の授業の雰囲気を残した歴史や語学といった授業を受けていると、かつて何とか打ち勝つことのできていた眠気に耐えられなくなっている自分に気付いた。僕は着々と大学生化していた。
 新歓活動はいよいよ隆盛を極めていたが、飲みサーと呼ぶには妙にアンニュイな雰囲気を漂わせた秘密基地に居場所を見つけてしまった僕は先週とは打って変わって落ち着いていた。一度テニサーの新歓にも顔を出してみたが、同学年の学生たちの溌剌としたエネルギーがあまりに眩しく精神の安定を脅かされたので、アフターと呼ばれる夕食会の途中でそっと輪を抜け出して帰路についた。
 程よくアルコールの入った体で歩く田舎道はとても清々しいに違いない、と確信しながら、僕は渋谷の喧騒の中を歩いた。夜とは言えまだまだ夕食時で、駅からは沢山の人が吐き出されてくる。大勢の人間を見ていると少しずつ人酔いがしてきて、僕はなるべく人が少ない壁を探して寄りかかった。
「おい、兄ちゃん」突然近くでしゃがれ声が聞こえた。
声のした方を見ると、背の低いホームレス風の男が僕をじっと見据えている。汚れた黒い顔だった。僕と男はしばらく顔を見合わせていたが、男は少し表情を緩めて言った。
「あんた、田舎のうさぎだな。人にくたびれてる」
「それを言うなら田舎のねずみでしょう」僕は咄嗟に応えていた。
「田舎のねずみはもうちっと野生だよ」男は半笑いで言って、ャPットから未開封の缶コーヒーを取り出した。
「小奇麗な奴が増えた」男は続けた。「小奇麗な奴は汚い」
僕には男の言っていることがよく理解できなかった。ただ、ここから去ればこの薄汚れた男にはもう二度と会うこともないのだろうと考えると、何故か少し寂しいような気分に襲われた。スクランブル交差点の上では、二度と会うことのない沢山の人々が、自分の目的地だけを気にして沢山の他人たちとすれ違っているのだ。