時々、前の話とか見直さずに適当に書き始めるんだけど、そういう時って大概、自分の中で話の筋が通っているかどうかとても心配になる。
サイコドラマ⑫
乗り越えることは、全て腑に落ちることではない。
僕は、村谷さんと一緒に下校するようになった。申し合わせたわけではなく、何故か自然と下校時刻が重なることが多くなったのだ。受験のことと好史のこと以外に、共有する話題があったわけではない。しかし、考えてもみれば、似たような生活習慣で動いている僕たちに、そもそも、それ以外の共通性などあまり必要なかった。むしろ、一通り共通した話題を並べ切った後、少しずつお互いを知っていく時間が、とても心地好かった。
そのような下校制度になってから一か月ほどが経ち、村谷さんのことが少しずつ見えてきた。例えば趣味。村谷さんは、トレーディングカードを集めるのが趣味だった。それも、ャPモンのような可愛らしいキャラクターではなく、もう少しリアルで、グロテスクなキャラクターが目立つ類のものだ。なんでも、カードの名前とデザインを見ていると、美術館で絵を見ているような気持ちになるんだという。変わった人だと思ったけれど、
「なるほど、面白い趣味だね」と僕は言った。
そして、陳腐なリアクションだと思い、少し恥ずかしくなった後、大概のコミュニケーションなんて、こんなものなのかもしれないと思った。仮に、僕が村谷さんともっと仲良くなったとしたら、同じように「面白い趣味だね」と言えるかどうか、分からなかった。
それでも、村谷さんは僕の安っぽい応答に満足したようで、
「今度見せてあげるよ」と言った。
僕は、カードの収集を見せてもらえることよりも、村谷さんの申し出そのものが嬉しかった。少なくとも事実上は切れてしまったひとつの人間関係が、新たなひとつの人間関係を作ってくれたような、そんな温かい感覚だった。そして、その温かい感覚には、同時にもやもやとした気持ちが含まれていた。恐らくそれは、好史への罪悪感と、村谷さんに対する不安だったと思う。
村谷さんは、好史という大切な存在を喪い、どのような気持ちで今の僕と接しているのだろうか。僕は、村谷さんと同じ道を歩き、好史のことについて話をすることに、楽しさを見出している。それは、友人の死を乗り越えるための強い薬だと思う。ならばこの薬は、村谷さんにも同じように効くのだろうか。僕が感じている好史への引け目と、村谷さんが感じているものは、違うんだろうか。僕と話をしている時の村谷さんの横顔は、楽しそうに見える。これが僕の浮いた心のせいなのか、本物の表情なのか、僕には判断できない。しかし、そういった考えを、僕は毎日巡らせずにはいられなかった。村谷さんは、好史を喪った傷を癒すために、僕と関わっているのだろうか。相手が僕であることに、意味はあるのだろうか。もしあるのだとすれば、それはどういった意味なのか。もし無いのだとすれば、何故僕と関わっているのだろうか。そして、そういった堂々巡りを終わらせるために、僕にはどうしても確認したいことがあった。
「村谷さん」
「どうしたの?」
「リスカの傷はどうなったの?」
「え……あの」
ここまで聞き、僕は村谷さんの袖に手をかけ、一気に引き上げた――
華奢な手首に、2本目の傷が入っていた。
ふと見上げると、村谷さんの顔からは血の気が引いていた。僕は、それを見てかける言葉を失ってしまった。やばい、と思った。村谷さんは、僕の手を振り払い走り去った。