影
美しい影
醜いものの美しい影 *
と、黒田さんは書き残したが
今日の窓辺は黄昏れて
影と影でないものの境さえ
分からなくなってしまった
吊革にぶらさがっている僕は
ゆっくりと目をつぶり
瞼の裏庭にしまってある童話に
ぴしりムチを入れる
生涯怒ったことのない
悲しいロバが
小さな悲鳴をあげ
ふたたび
美しい歯をむき
僕の少年を歩きだす
ひとの
背負いきれなかったものを
背負い
星の印のある額を
左右に振って
方形のなかで
女たちも
男たちも
僕も揺れている
*黒田三郎詩集『小さなユリと』「夕焼け」より
美しい影
醜いものの美しい影 *
と、黒田さんは書き残したが
今日の窓辺は黄昏れて
影と影でないものの境さえ
分からなくなってしまった
吊革にぶらさがっている僕は
ゆっくりと目をつぶり
瞼の裏庭にしまってある童話に
ぴしりムチを入れる
生涯怒ったことのない
悲しいロバが
小さな悲鳴をあげ
ふたたび
美しい歯をむき
僕の少年を歩きだす
ひとの
背負いきれなかったものを
背負い
星の印のある額を
左右に振って
方形のなかで
女たちも
男たちも
僕も揺れている
*黒田三郎詩集『小さなユリと』「夕焼け」より
春というものは
冬の人や
夏の人の
まっとうな回帰である
ときおり車の警笛が叫ぶ
アスファルトの街路を
空から降りてきて
吹きぬけようとする
若い風があると
木々の葉の打ち鳴らす
かすかなどよめきの中から
あなたは
死んだはずの
なつかしいあのひとの声を
聞き分けるのである
そのときあなたは
人間というより
能の面のように
放心の光を放ったので
ぼくはあのひとのように
あなたを愛することができると
信じてしまったのである
春の位置で
思い出すとき
それは地図でいうなら
越えてきた
峠の位置にあり
かならず冬や夏から
つまり山の人
海の人から
思い出されている
冬の人や
夏の人の
まっとうな回帰である
ときおり車の警笛が叫ぶ
アスファルトの街路を
空から降りてきて
吹きぬけようとする
若い風があると
木々の葉の打ち鳴らす
かすかなどよめきの中から
あなたは
死んだはずの
なつかしいあのひとの声を
聞き分けるのである
そのときあなたは
人間というより
能の面のように
放心の光を放ったので
ぼくはあのひとのように
あなたを愛することができると
信じてしまったのである
春の位置で
思い出すとき
それは地図でいうなら
越えてきた
峠の位置にあり
かならず冬や夏から
つまり山の人
海の人から
思い出されている
空の空を抱えて、詩を書くな詩を生きろ
言っておくが、君、これは詩ではないぞ。実験である。口語の時代は冷えるのだ。饒舌から失語へ落ちてゆく、この切実さはなんだろう。詩はたちまち殺されている。信じるに足りない太陽と資本の代わりに、僕らの空の空をつくろう。
二本の腕を前にさしだし輪をつくる。輪の平面は水平でなければならない、指先と指先の間に隙間があってはならない。その奇妙な円の姿勢こそ、君の現在の位置だ。一分、一時間、一年、あるいは一生、風が来るまで待て。運がよけりゃ、風は腕の内輪を循環しはじめる。結果、幾分青みがかった気体の円筒が現象するだろう。頭を差し入れごくりと飲みたまえ。このうまさが君の空だ。
君が抱える空、すなわち垂直のチューブは、
二方向に直進しついには交わる。断言しよう、この疑似的円還が君の空ではないとしたら、そもそもこの世には空がない。虚無と交接するような君の姿勢に、『影』が近寄る。君が何度も夢で聞いたとおりの事を、影は囁くだろう。「君の空はどこにもない」。ゆっくり振り返れば、鏡のように奴も振り向くだろう。実験は終わった。詩は君の変わりに黙って殺されてやる。こうして再び夢から覚めるように、あるいはラザロのように僕らは生き返る。
時代とは詩が死んで僕らが生き延びること。すなわち非詩を生きること。国が敗れるとはこういうことだ。見よ、携帯電話を位牌のように抱え、僕らの顔も生活も、まるで立方体の中の昆虫のように縮こまっている。
空の空の代わりに、軽トラックのハンドルを抱える。500円の青い汁を売るために尾崎は走らねばならない。そしてこんな夜、こんな雨だ。ワイパーが窓をキュッキュッ、キュッキュッと掻き鳴らす。言葉でも音楽でもない。石英とゴムの摩擦音に失語の悲哀を発見する。
この時代、人が詩を厭うのではない。詩が言葉を憎悪している。僕はますます饒舌で、君はますます黙り込む。見えなくなったのはモノである。なるほど口語の時代はかように寒い。君、詩を書こうとするな。あのひとのように、詩を生きてみろ。
言っておくが、君、これは詩ではないぞ。実験である。口語の時代は冷えるのだ。饒舌から失語へ落ちてゆく、この切実さはなんだろう。詩はたちまち殺されている。信じるに足りない太陽と資本の代わりに、僕らの空の空をつくろう。
二本の腕を前にさしだし輪をつくる。輪の平面は水平でなければならない、指先と指先の間に隙間があってはならない。その奇妙な円の姿勢こそ、君の現在の位置だ。一分、一時間、一年、あるいは一生、風が来るまで待て。運がよけりゃ、風は腕の内輪を循環しはじめる。結果、幾分青みがかった気体の円筒が現象するだろう。頭を差し入れごくりと飲みたまえ。このうまさが君の空だ。
君が抱える空、すなわち垂直のチューブは、
二方向に直進しついには交わる。断言しよう、この疑似的円還が君の空ではないとしたら、そもそもこの世には空がない。虚無と交接するような君の姿勢に、『影』が近寄る。君が何度も夢で聞いたとおりの事を、影は囁くだろう。「君の空はどこにもない」。ゆっくり振り返れば、鏡のように奴も振り向くだろう。実験は終わった。詩は君の変わりに黙って殺されてやる。こうして再び夢から覚めるように、あるいはラザロのように僕らは生き返る。
時代とは詩が死んで僕らが生き延びること。すなわち非詩を生きること。国が敗れるとはこういうことだ。見よ、携帯電話を位牌のように抱え、僕らの顔も生活も、まるで立方体の中の昆虫のように縮こまっている。
空の空の代わりに、軽トラックのハンドルを抱える。500円の青い汁を売るために尾崎は走らねばならない。そしてこんな夜、こんな雨だ。ワイパーが窓をキュッキュッ、キュッキュッと掻き鳴らす。言葉でも音楽でもない。石英とゴムの摩擦音に失語の悲哀を発見する。
この時代、人が詩を厭うのではない。詩が言葉を憎悪している。僕はますます饒舌で、君はますます黙り込む。見えなくなったのはモノである。なるほど口語の時代はかように寒い。君、詩を書こうとするな。あのひとのように、詩を生きてみろ。
帰りの通勤バスで
つくずく思うんだけど
一日が終わると
人間は
汚れるんだね
疲れるんじゃないよ
俺も揺れながら
考えたよ
生まれたときから
人間どころか
太陽も地球も
信じてないからね
信じてないけど
嫌いになれなかったね
だから
目をつぶって
会ったこともない
神様を
一分間信じて
そう、信じることが出来たら
生まれてよかったということで
めでたしめでたし
上がりさ
それから
目を開けて
降車のベルを押したよ
つくずく思うんだけど
一日が終わると
人間は
汚れるんだね
疲れるんじゃないよ
俺も揺れながら
考えたよ
生まれたときから
人間どころか
太陽も地球も
信じてないからね
信じてないけど
嫌いになれなかったね
だから
目をつぶって
会ったこともない
神様を
一分間信じて
そう、信じることが出来たら
生まれてよかったということで
めでたしめでたし
上がりさ
それから
目を開けて
降車のベルを押したよ
少年は
風船を連れて歩くのが
誇らしかった
とてもかなわない
あの大きな空を
まるで小犬のように
家来にしているようだった
風船は空気でできており
少年は言葉でできていた
風船と少年は見えるが
空気と言葉は見えない
そして
破裂するのは
いつも
風船の方だった
風船を連れて歩くのが
誇らしかった
とてもかなわない
あの大きな空を
まるで小犬のように
家来にしているようだった
風船は空気でできており
少年は言葉でできていた
風船と少年は見えるが
空気と言葉は見えない
そして
破裂するのは
いつも
風船の方だった
二種類の幽霊があるだろう
死んでいることを知っている幽霊と
死んでしまったことを忘れた幽霊である
二種類の人間がいるだろう
生きていることを知っている人間と
生まれてきたことを忘れた人間である
死んでいることを知っている幽霊と
死んでしまったことを忘れた幽霊である
二種類の人間がいるだろう
生きていることを知っている人間と
生まれてきたことを忘れた人間である
砂漠で爆発したい
と、まるで口笛を吹くように
言ってしまった
とてもおとなしい女がいた
僕はその目を
深い井戸のように覗きこんだ
僕が砂漠だよ
井戸は今でも
わんわん響いている
もちろん
爆発はしないさ
と、まるで口笛を吹くように
言ってしまった
とてもおとなしい女がいた
僕はその目を
深い井戸のように覗きこんだ
僕が砂漠だよ
井戸は今でも
わんわん響いている
もちろん
爆発はしないさ
日光に暖められた石の上に
トカゲがはいあがり
動いてはとまり
とまっては動き出す
トカゲが思い出で
私の額は石であろうか
それとも
トカゲが私で
思い出を
はいずり回っているのだろうか
切り落とした
しっぽの黒い数が
白昼
私の歩みを
止める
トカゲがはいあがり
動いてはとまり
とまっては動き出す
トカゲが思い出で
私の額は石であろうか
それとも
トカゲが私で
思い出を
はいずり回っているのだろうか
切り落とした
しっぽの黒い数が
白昼
私の歩みを
止める
空を抱えて、詩を書くな詩を生きろ
口語の時代は冷えるのだ。饒舌から失語へ
落ちるこの切実さはなんだろう。人よりも早
く詩はたちまち殺されている。言っておくが
君、これは詩ではないぞ。優しい実験である。
信じるに足りない太陽と資本の代わりに僕
らのけな気な空の空をつくろう。二本の腕を
前にさしだし輪をつくる。ほら、見えないも
のがこぼれるだろう。よって、輪の平面は水
平でなければならない、指先と指先の間に隙
間があってはならない。その奇妙な君の円の
姿勢を維持して欲しい。奇妙な姿勢こそ、君
の現在の位置だ。
一分、一時間、一年、あるいは一生、風が
来るまで待て。運がよけりゃ、風は腕の内輪
を循環しはじめる。冷却の結果、幾分青みが
かった気体の円筒が現象するだろう。頭を差
し入れごくりと飲みたまえ。このうまさが君
の空だ。
君が抱える空、すなわち垂直のチューブは、
無限の果てと地球を突き抜けている。断言し
よう、これが君の空ではないとしたら、そも
そもこの世には空がない。それでも虚無と交
接するような、君の奇妙な姿勢に『影』が近
寄る。君が何度も夢で聞いたとおりの事を、
影は囁くだろう。「君の空はどこにもない」
、と。ゆっくり振り返れば、鏡のように奴も
振り向くだろう。
実験は終わった。詩は君の変わりに黙って
殺されてやる。こうして再び夢のようにある
いはラザロのように僕らは生き返る。
詩が死んで僕らが生き延びること。すなわ
ち非詩を生きることだ。携帯電話を位牌のよ
うに抱え、僕らの顔も生活も、まるで人ごと
のように縮こまっている。ガラスの動物園。
僕だって空の代わりに、軽トラックのハン
ドルを抱える。500円の青い汁を売るため
に走らねばならない。こんな夜、こんな雨だ。
ワイパーが窓をキュッキュッ、キュッキュッ
と掻き鳴らす。言葉でも音楽でもない。石英
とゴムの摩擦音に失語の悲哀を発見する。
この時代、人が詩を厭うのではない。実は
詩が言葉を憎悪していると、詩人ならばわか
るだろう。僕はますます饒舌で、君はますま
す黙り込む。なるほど口語の時代はかように
寒い。君、詩を書こうとするな。あのひとの
ように、詩を生きてみろ。
口語の時代は冷えるのだ。饒舌から失語へ
落ちるこの切実さはなんだろう。人よりも早
く詩はたちまち殺されている。言っておくが
君、これは詩ではないぞ。優しい実験である。
信じるに足りない太陽と資本の代わりに僕
らのけな気な空の空をつくろう。二本の腕を
前にさしだし輪をつくる。ほら、見えないも
のがこぼれるだろう。よって、輪の平面は水
平でなければならない、指先と指先の間に隙
間があってはならない。その奇妙な君の円の
姿勢を維持して欲しい。奇妙な姿勢こそ、君
の現在の位置だ。
一分、一時間、一年、あるいは一生、風が
来るまで待て。運がよけりゃ、風は腕の内輪
を循環しはじめる。冷却の結果、幾分青みが
かった気体の円筒が現象するだろう。頭を差
し入れごくりと飲みたまえ。このうまさが君
の空だ。
君が抱える空、すなわち垂直のチューブは、
無限の果てと地球を突き抜けている。断言し
よう、これが君の空ではないとしたら、そも
そもこの世には空がない。それでも虚無と交
接するような、君の奇妙な姿勢に『影』が近
寄る。君が何度も夢で聞いたとおりの事を、
影は囁くだろう。「君の空はどこにもない」
、と。ゆっくり振り返れば、鏡のように奴も
振り向くだろう。
実験は終わった。詩は君の変わりに黙って
殺されてやる。こうして再び夢のようにある
いはラザロのように僕らは生き返る。
詩が死んで僕らが生き延びること。すなわ
ち非詩を生きることだ。携帯電話を位牌のよ
うに抱え、僕らの顔も生活も、まるで人ごと
のように縮こまっている。ガラスの動物園。
僕だって空の代わりに、軽トラックのハン
ドルを抱える。500円の青い汁を売るため
に走らねばならない。こんな夜、こんな雨だ。
ワイパーが窓をキュッキュッ、キュッキュッ
と掻き鳴らす。言葉でも音楽でもない。石英
とゴムの摩擦音に失語の悲哀を発見する。
この時代、人が詩を厭うのではない。実は
詩が言葉を憎悪していると、詩人ならばわか
るだろう。僕はますます饒舌で、君はますま
す黙り込む。なるほど口語の時代はかように
寒い。君、詩を書こうとするな。あのひとの
ように、詩を生きてみろ。
詩は徹頭徹尾
世界と私に無関心である
詩は詩だけを信じている
詩は言葉を信じない
詩は言葉を
嫌悪するまでに疑うので
詩は股間に言葉をまたぐ
沈黙のフォルム
虹の橋である
世界と私に無関心である
詩は詩だけを信じている
詩は言葉を信じない
詩は言葉を
嫌悪するまでに疑うので
詩は股間に言葉をまたぐ
沈黙のフォルム
虹の橋である
ことばは詩人ではない
ことばは風である
風が歌うのである
風がだまるのである
風が耳を澄ますのである
風が風を書きとめるのである
それでも風は吹き止むことはない
詩人のできうることは
風のただ中で たったひとつ
死ぬことだけである
風に生まれ変わるのだ
ことばは風である
風が歌うのである
風がだまるのである
風が耳を澄ますのである
風が風を書きとめるのである
それでも風は吹き止むことはない
詩人のできうることは
風のただ中で たったひとつ
死ぬことだけである
風に生まれ変わるのだ
なんですな
戦後の詩とは
おしなべて
不幸の手紙ですな
おまえひとりで幸せになるな
おれは頭が良すぎて
こんなに不幸やから
みんなで一緒に
不幸になりまひょ
てなもんですな
戦後の詩とは
おしなべて
不幸の手紙ですな
おまえひとりで幸せになるな
おれは頭が良すぎて
こんなに不幸やから
みんなで一緒に
不幸になりまひょ
てなもんですな