木工挽物という仕事

基本的には時代遅れの仕事
正反対の位置にいるブログから発信してみます
でもブログも先端じゃなくなりましたね

事の顛末

2019-03-05 01:09:59 | 何にも考えず書き始めた話
今日は息子と二人で隣の家と隣の工場の社長宅へ手土産を持ってお詫びに行ってきた
焼却炉の件です
いつも処理してる鉋屑は畑に撒かせてもらうことになったし、焚物は引取り手のめどはついたのでガンガンに焚くことは避けられそうですので少し木端の処理だけはご容赦を と
ところが二軒ともあまりピンと来てる様子がない
役所になんかクレーム付けてないよ ってな感じ

そしたらそこから帰るときに息子が
「そういえばこの前あまり燃えすぎて煙が大量に出てた時に自転車でそばを通りかかったじいさんが自転車停めてじっと見てるのですみませんと謝ったことがあったからその人かも」
まぁ、それならそれで大量に燃やさなければ、煙もそんなに出ないはずだし
監視されてるわけでもないなら ま、いっか
なんてちょっと気楽すぎるでしょうか
でもやることはやるので燃やす機会はぐんと減るはず
いずれは0を目標にします(これはちょっと難しいかもしれないけど)


これだけで大体400字 小学生の頃、作文の時間で原稿用紙1枚書くのに四苦八苦してた頃が懐かしいです
作文と音楽の時間が嫌いでその中でも歌うことさえなければ小学校は天国だと思ってたのに・・
今は一人カラオケで歌い倒してる(笑)
でも何故嫌いだったかと言えば音痴だったからで実は小2くらいまではそのことに気付いてなかった
小3くらいから歌のテストの時に笑われたのでそのころから自分は音痴だと認識した
それでも6年生くらいから歌謡曲が好きになって一緒に歌ってみると「あら?ちょっと違うわ」という事がわかって丹念に歌いながらだんだん音痴の世界から脱出できた
6年の時に観光バスでの日帰り旅行の時に「スーダラ節」を歌って受けたのを覚えている
その時はわずかにものまねも入ってたかも


スーダラ節(ハナ肇とクレイジーキャッツ)


コメント (4)
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