電話。・・・・・・Hからだった。
「どうだい、Cカードは取れたのか?」
「おかげさまでどうにか・・・それで・・・」
「とりあえず早いところ一本潜りたい?」
「そうです」
「来週は沖縄だから・・・その後なら構わないが」
「それでけっこうです」
「では、帰ったら連絡をするよ」
「お待ちいたしております」
ヒポポもスクールに通っていた。彼女の出来具合が少々気になった。電話をした。
十月二十日 半年ぶりの沖縄
ゲートを出ると懐かしい顔が待っていた。
「いらっしゃい」
「お世話になります」
T大(東京大学では無い)の学生四人(女性一人を含む)が、やや遅れて出て来た。
「お前たちがお世話になるインストラクターのKOさんだ」
「よろしくお願いしまーす」四人の声が揃った。
KOの後について空港を出た。天候は晴れ。沖縄はまだ夏であった。
駐車場。車が新しい。(と云っても中古車だが)ワンボックスワゴンになっていた。
荷を積み込み助手席へ。四人は後席へ。
「水温はどれくらいですか?」
「26℃くらいですね」
「海の状態は?」
「そんなに悪くないですよ」
「良くはない。と、いうことでしょうか?」
「・・・・・・んーん」
「J子、憶えてますか?」
「はい」
「来年の春頃、またお世話になりたいと言ってましたよ」
「・・・・・・」複雑な顔をした。
ダイビングサービスに到着した。
氷を浮かせたコーラーが出て来た。
KOが四人にテキストを配っている。その間私はテーブルの下にあったダイビング雑誌の頁を繰る。
「ぽーさん。ホテルまで送りますよ」とKO。
「学科はどれくらいかかりますか?」
「二三時間ですね」
「一人でホテルに居ても退屈ですから、ここで本でも読んでますよ。その方が二度手間にならなくていいでしょう」
KOが別室に四人を連れて行った。
「ビデオでも視ますか?」と事務を執っていたK田がテレビ台の中からビデオテープを数巻取り出した。
「そうですね・・・あっ、自分で出来ますから」
ソファに横たわりなんとなくテレビに眼をやっていた。
「いらっしゃい」と後ろから大きな声がした。S氏だった。
「しばらくでした」私は起き上がって言った。
「夏は忙しかったでしょう」
「そうですね。・・・こちらの方も一区切りついたところですか?」
「来月の連休に少し混むくらいですね」
「ぽーさんは飲むまなかったんだよね」オリオンビールの缶を出してきた。
「でも一本くらいならいいでしょう」と、私の眼の前に置き、うまそうに飲み干した。
「では、ごちそうになります」本土のラガービールとはだいぶ味が違う。
「ところで、明日来る『ぽーさん』は・・・?」
「妹です」
「そうですか?。誰なんだろう・・・『奥さんかな』とみんなで話していたのですが」
「違いますよ、もし女房ならば住所が一緒のはずでしょう」でもよく間違われますけどね。
男が一人顔を出した。ファンダイブの客で着替えを済ませたところらしい。
「送りましょうか?」
「四人が講習を受けているところなんですよ。もうそろそろ終わる頃ですのでそれと一緒でいいですよ」
五時を少々廻った。KOと四人が顔を出した。
ホテルサン***。春のホテルよりも新しい。
玄関前にアロハシャツの男。ウクレレでハワイアン『Tahuwahuwai』を奏でている。
荷物を置き、早速夕暮れの国際通りへと繰り出した。まずは夕食。
「沖縄料理が食べたいですね」
「それは明日にしよう。妹たちと一緒の方がいいだろう」と適当な店へ。
「ビールでも飲むか?」
「奢りですか?」こう云う処はしっかりしている。
「では乾杯」
店を出た。軒並み土産物屋だ。私はすでに春に眺めていた。特別興味をそそるようなものは無い。
が、四人にとっては初めての街だ。一軒一軒ウィンドーを覗き込んでいる。
男と女の興味の対象が異なった。紅一点のH田が遅れがちである。
「迷子になっちゃいますよH田は」誰かが言った。
「解った。彼女は俺が引き受ける。お前たちは三人で好きに行動しろ」
親子ほど年齢の異なる(H田は十九歳)女子学生をエスコートすることになった。
「傍目にはどのように映るのだろうか?」
「・・・・・・?」
「似てはいないから親子には見えないだろうし、引率の教師と生徒と言う雰囲気も無いよな。
と言ってパトロンと愛人と言う雰囲気はもっと無い。年齢の離れた兄妹くらいかな?」
「そういう感じもありませんよ。叔父。姪あたりがやっぱり適当ですよ」
慶良間 渡嘉敷 アリガー
九時、KOが迎えに来た。
「ぽーさんは別の車が来ますから」そういって四人をプールに運んで行った。
しかし待てど暮らせど迎えの車は来なかった。
二十分ほどしてKAZU(春に居酒屋で私を他店のイントラと間違えた青年)が顔を出した。
ドライバーはS氏。後席には昨日のファンダイバー。軽く一礼をして隣席に座した。
「いやー、御免なさい。ホテルを間違えちゃって」とS氏。
「いえいえ」
「カメラ買ったんですね」とKAZUがニコノスを視て言った。
「いや、これはCカードを取る以前に。・・・二年前ですね」
「・・・・・・?」
隣席の男(お互いに名乗らなかった)は私より若干若そうだった。
七月にCカードを取得。本日の私のバディとのこと。
とりとめのない話をしているうちに港についた。
最初に来た時のM 嬢(初日のプール講習と二日目の海洋実習)は、あれから暫くして辞めたそうだ。
けっこうタイプだったのに。ちょっと残念。
ダイビングボート。かなり大きい。五十フィート級だ。
スターンにエキジット用のリフト迄備えている。
乗り込んだ。暫くしてディーゼルエンジン特有の振動と音。それと匂い。
船はゆっくりと岸壁を離れた。乗員は総勢で二十名ほどである。いくつかのダイビングサービスの乗り合いのようだ。
港湾を出ると流石に波が高い。バウンド。顔色が悪くなった者も何人か出て来た。
一時間余りの航海だった。船は島陰に停泊した。
渡嘉敷島のアリガー(沖縄の地名はどうもよく解らないものが多い)と云うそうだ。
アンカーリング。スタッフがタンクを背負って潜行。珊瑚を傷つけまいという配慮だ。
ウェットスーツを着用。フライブリッジでKAZUがポイントの説明。
砂場にはガーデンイール(チンアナゴ)がいるそうだ。
「人差し指をこう曲げたらガーデンイールの生息地ですから水底に腹這いになってゆっくり近づいてください」
頷いた。
ジャイアントストライドでエントリー。すぐに身体を反転。ニコノスを掴んだ。
潜行。BCのエアを抜く。深さ20m以上の海底が手に取るように見える。流石に房総の海とは異なる。
水深1m。鼻を抓んだ。耳抜き。やはり抜けが悪い。
水深10m付近を上がり下がりしながら奮闘。他はすでにはるか下だった。
水深24m。ガイドのKAZUを捜した。が多数いるので判別がつかない。
まあいい、そのうち見つかるだろう。とりあえず前方の集団に近寄って行った。
スピードフラッシュの位置を調整。フィルム面より1m付近に照射するように設定。
スイッチオン。(水中写真は光量が充分でも特別な意図が無い限りファラッシュを使用する。もし使用しなければ青一色に染まった世界が量産される)
つづいてピント。やはり1m。所謂、置きピン。目測式のピント合わせは微妙なコントロールは難しい。
まして水中である。故にピントを固定して被写体との距離を自らが調整する方が確実である。
そして絞り。ファインダーを覗き慎重に露光量を決定。
ディライトシンクロである、シャッターはシンクロ速度1/90以下に限定される。フラッシュはカラーバランス用と言ってもやはりその光量は無視できない。
何しろフィルムはラチチュードの狭いリバーサルなのだから。
肩を叩かれた。KAZUだった。私を捜したらしい。だがそんなに難しくは無かっただろう。ニコノスを持った一番の大男を捜せばいいのだから。
純白の砂地に五メートル四方の根があった。KAZUはそれに向かった。
!。ヒラヒラの夜会服を纏った貴婦人然としたミノカサゴが優雅に舞っていた。
トランペットフィッシュ(トロンボーン・フルートと記されている場合も有)。ヘラヤガラだ。
フィンキック。距離を1mに詰めるためにゆっくりと追いかける。テーブル珊瑚の陰からユカタハタが飛び出した。
ヤギ(腔腸動物、植物と勘違いされることが多い)が揺れている。
イソギンチャク。(房総のそれとはサイズが大きく異なる直径50cmくらいは当たり前)ハナビラクマノミ。
黄ルリスズメダイ。白黒の市松模様はカガミチョウチョウウオ。撮影・撮影・撮影。
KAZUが指を曲げた。グラビアですでにおなじみのガーデンイールだ。
砂を舞い上がらせないように静かに着床。匍匐前進。
数メートル先に百体ほどのガーデンイールが砂の中から生えているかのように揺れている。
カメラを持って人の三倍ほど泳ぎまわっていた。残圧チェック。やはりエアの消費量が甚だしい。
KAZUに残圧計を見せた。先に上がる旨を伝えた。水深5m。減圧停止時間を五分取って浮上。
船が移動。灯台が視えた。アンカーリング。
昼食。二時間ほどの水面休息時間。
つ づ く
※掲載順位がランダムなのでダイビング記事の目次を作りました。
年代順となってます。
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