五本目 マンタポイント
朝食を済ませてネクサスのセッティング。フィルムはUW。
フラッシュ撮影をするためには発光部に専用のブルーフィルターを装着する必要がある。
透明ビニールテープでそれを貼り付けた。不格好だが支障は無い。
※kodak UW対応フィルター モルディブ後に強化したスピードフラッシュシステム。
午前九時。ドーニーに乗り込みセッティングを済ませた。本日の乗員はスタッフを除けば白人が半数、東洋系が半数の二十人程度である。
白人女性(たぶんドイツ人)ガイドによるブリーフィング。
ポイントマップを使用しているので英語不如意の私でもなんとか理解できる。
もっともダイビング雑誌の解説を何度も読み返していたので全く聴き取れなくてもさほど支障は無かった。ガイドも付いていることだし。
ブリーフィングが終ると拍手が起こった。
M美はブリーフィングの内容がよく分からなかったようだ。
向かいの席に座っていた女性に声をかけた。
「わかりました?」
「アイム チャイニーズ」声を掛けられた女性は困ったような顔をした。
インストラクターがシグナルフロート(長い筒状の袋・レギュレターからエアを供給して膨らませる。海上に立ててピックアップの目印にする)を取り出した。
M & Yが一つずつ受け取った。
ほぼ予定通りにドーニーは離岸した。クダバンドス島との間を通りポイントを目指した。
およそ三十分。ポイントに到着した。ランカンフィノール(他のリゾート島)がすぐ目の前だ。ドーニーの上が慌ただしくなった。
女性ガイドがエントリーした。BCにより海上に浮いていた。ドーニーから離れて行く様子はない。流れは殆ど無さそうだった。
半数が次々にエントリー。我々は後のグループである。ガイドは現地人(たぶん)である。使い込んだBCが頼もしい。マスクを腰に三つも挟んでいる。
「マンタのために」と笑った。本当はアクシデント対策の筈。
その彼に続いて次々にエントリー。ネクサスをボートスタッフに預けてジャイアントストライド(エントリー方法のひとつ)。
エントリー。すぐに身体を反転。ネクサスを受け取った。
E君がラストエントリー。潜行。耳抜きをしながら水深10mの海底へ。
ネクサスのレンズキャップを外してBCのポケットに収納。
スピードフラッシュのスイッチをオン。撮影準備完了。しかしここも透明度が悪い。結果は期待できないであろう。
※撮影場所はモルディブでなくポナペ 説明用にアップロード
大型のゴマモンガラ。こいつは危険な魚だ。特に産卵期は攻撃性が強い。
『君子危うきに近寄らず』と言うわけで横目で眺めただけでカメラは向けなかった。
リーフの上をひたすら移動。
M美は例によってガイドにピッタリ。
Y子は多少の余裕が出て来てお気に入りのニシキヤッコ(見出し画像)に手を振っている。
E君は少々退屈そうだ。
マンタの姿はいっこうに見えない。リーフを抜けてチャンネルの縁まで辿り着かなければその姿を視ることは無いだろう。
いつものようにパーティから適度な距離を取り撮影をすることにした。
特大のブルーフェイスが二匹。
ジャイアントクラムは大きく口を開いて紺色の外套膜を見せている。
モレイ(大ウツボ)は日本では陸上の蛇同様に忌み嫌われている。
が、よく視るとなかなか愛嬌のある顔をしている。ヨーロピアンに人気のあることがうなづけた。数十センチまで近づいて撮影。嫌がる素振りは見せない。
パーティが停止した。マンタの登場か。フィンキック。合流。
「マンタが出たのか?」とハンドサイン。
指で輪を作りOKサイン。
「何処だ?」指さす方向に目を凝らす。
「何処にもその姿は見えない」マリンスノーがただ虚しく広がっているだけだった。
フィンキック。チャンネルの縁まで急いで移動。少々焦りが出てきた。
パラオの初日のナポレオンのように私だけが見逃す羽目に陥ることもある。
再びパーティが移動を始めた。今度は他の魚に目をくれることをしばし諦めてガイドから距離をおかないようにでした。
ガイドが工法を指さした。振り返る。20mほど候補プに大きな海亀。ネクサスを構えたが距離があり過ぎた。シャッターレバーに伸ばした指が止まった。
亀をあきらめて再びガイドの後を追う。
しかし少々流れが強い。向かい潮だ。
ドリフトダイビングは流れに乗って移動するのではないのか?。
・・・・・・
ガイドが停止した。掌を後方に開きストップサイン。
パーティはその場に停止した。ガイドはそれを見届けて「伏せろ」のサイン。
近場の岩に掴まった。
ガイドがチャンネルをの方向を指さした。
白い翼をゆったりと羽ばたかせながら巨大な怪鳥が静かに浮いていた。
通称 マンタ
学名 マンタビロストリス(Manta birostris)
標準和名 オニイトマキエイ
もっと正確には、軟骨魚綱 板鰓亜綱 エイ目 トビエイ亜綱 イトマキエイ科 オニイトマキエイ属 オニイトマキエイ
それは確かに海の中の巨鳥であった。
その姿を一目すれば、たぶん誰もが『鳥類の直接の祖先は魚である』と言う説を唱えられても疑うことをしないだろう。
※鳥類の祖先は恐竜綱獣脚類とされている。
ホバーリング。そしてラジエターのような鰓孔を見せて静かに旋回を始めた。
マンタとの距離、約10m。この距離では閃光は届かない。フラッシュのスィッチをオフ。
ネクサスのズームリングに指をかけ長焦点側に廻した。
フィルムはUW。ISO50。低感度である。絞り開放。
シャッターレバーに指を掛けた。半押し。ヘリコイドが回転を始めた。
ファインダーの中央で体長4mの巨体が優雅に舞う。
シャッターが金属音を発して切れた。
再度レバーに指を掛けた。レンズポート内でヘリコイドが往復。いっこうに焦点が定まらない。
水中の浮遊物にピント検出機構が反応しているのだ。
F4のオートフォーカスモードSは合焦したときのみシャッターが切れる。
ハウジングの構造上水中でのモード切替はできない。
一枚撮影しただけで諦めざるをえなかった。
ニコノスを持ってこなかったことが悔やまれた。
マンタは私たちの前で大見えを切って静かに蒼い深遠に姿を消した。
この時の感想をY子はログブックに以下のように記している。
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マンタ登場。!! 夢のようだ!!
私はマンタが登場した時思わず涙ぐんでしまった!。 その後マスクが曇る。
「マンタを視たら人生が変わる」と言った人がいるが、
私には人生が変わると言うよりも むしろ・・・・
いずれにせよ本当にドラマティックだった!
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※体長 魚の場合には普通尾鰭の長さは含まない。
エビ等の場合はヒゲの長さを含まない。それらを含む場合は全長と言う。
このことから体長4mのマンタがいかに大きいか想像できると思います。(最大10mくらいの個体が観測されてます)
四畳半の部屋には収まり切れない。
残圧チェック。60!。少々減りが早い。前半の撮影が影響したのか?。
Y子の残圧は80。それも10リットルタンクでだ。
四本目までの残圧は常に私の方が多かった。
Oリングの不備によるエア漏れが原因だ。
タンクが軽くなって心持ち身体が浮きやすくなってきた。BCのエアを極力抜く。
マンタも姿を消したことだしエキジットすることにした。
水深5m。減圧停止5分。・・・浮上。
BCにエアを供給。四人で海上を漂っていた。
ドーニーがすぐ近くに来ていた。
「どうも違う船のようだぞ」
「構いませんよ。乗っちゃいましょう」
「そうはいかないだろう。緊急事態でもないのに」
「バンドース?」 E君がドーニーに向かって大声で叫んだ。
クルーが貼るか彼方を指さした。
「何をぐずぐずしているんだ。早くしろよな」
「先に潜ったパーティを上げているんだろう。順番、順番」
E君がシグナルフロートを膨らませた。
※シグナルフロートの画像はネットから拝借
暫くしてドーニーが近寄って来た。
乗船。
ドーニーの上は興奮状態であった。
昼食時の話題はマンタ一色であった。
「撮りました」とM美。
「水が濁っているからね。ピントが来ないのだよ。切れたのは一枚だけだが、それも写っているかどうか?」
「エッー!。微かでもいいから写っていて欲しいな」
「影くらいは写っていると思うが・・・シャッター速度も遅いから被写体ブレをおこしている可能性が大だな」
「でもマンタって凄かった。宙返りをした時におなかの縞まで見えた。」とY子。
「鰓孔だ」
「本当に良かった。もう最高」とM美。
「あんまり感激無い」とE君。
「どうしてー?最高じゃない」
「遠くで視てもつまらない。頭の上を通過するくらいでなければ」
「そんなこと言ったてねー」
「それに何あれ。あんなの全然ドリフトダイビングじゃないよ。流れに逆らって泳がせられて疲れちゃったよ」
「まあ、Eとしてはだな、二人があまりにも興奮しているから素直に同調できないのだな。まあ格好をつけているわけだ。子供にはありがちだよ・・・・新ちゃん、子供なんだから」
「へっー!」
「新ちゃん。子供なんだから!」とM&Yの合唱。
つ づ く