久しぶりに、昔飼っていたイッヌの夢を見た。
黒いダックスフンド。
夢の中で喋っていた。
私たち夫婦は離婚するけど、と
告げると、
「ヤダよ、ヤダよ、離れたくない」
と、泣いた。
「仕方がないでしょ。
どちらに着いて行くか決めなさい」
と聞いたら、
「パパがいい」
と答えた。
「パパの方が優しい」
そりゃそうだろうな。
おやつも沢山くれるしね。
人間の甘いお菓子や加工肉、
好きなだけ食べさせてくれるしね。
ヤツに着いて行きなよ。
さようなら。
なのに、元旦那は、
イッヌを、真っ黒な沼に投げ捨てた。
イッヌは沈んで浮かんで来なかった。
放っておけばいいのに、
私は沼に飛びこんで、
必死に探した。
黒い犬なので黒い水の中ではなかなか探せなくて、
やみくもに動かした腕に、
重たいイッヌが引っかかって、
やっと地上に引き上げたが、
遅かった。
激しく落胆した。
死んでしまった。
死なせてしまった。
あんなに、信じていたのに、
捨てるなんて。
呪ってやる、と毒づいた。
今まで彼が犯してきた罪を、
全て認めさせて、
隠してきた想いを全て吐露した。
亡くなった彼の祖母まで現れて、
この子は何も変わらないと、
云った。
彼が今、何をしているか。
昔も今も変わらない。
空っぽの封書を手渡された。
中身のない、封書だった。
失ったものを、知った。
なくなった、契約書も、
たくさんの言葉も、
戻らないと知った。
イッヌについては、
あまり愛情がなかったが、
それでも役には立ってくれた。
彼を憎む道具くらいには、
役に立ってくれた。
だから、いくらかは愛しいと、
思ったよ。
「ママは怖いよ」
と云いながらも、
尻尾を振ってついてきた、
バカな犬。
身体を気遣ってお菓子を与えないだけだったのに、
甘い皿を舐めさせてくれる人間に
ひたすら媚を売る駄犬。
その駄犬の為に、
今朝は無駄な涙を流した。