物忘れ防止のためのメモ

物忘れの激しい猫のための備忘録

下関 彦島 みもすそ公園

2021-03-25 | 行った所

彦島、平家物語では「ひく島」と書かれるこの島は、ほとんど本土に隣接しており離島のイメージではない。現在2本の橋が架かっている。JR山陽本線も走る。JR線と並行にかかる橋は普通に川にかかる橋と変わらず気が付かないくらいに島に入る。

島の道は地形に左右されているのか狭く曲がりくねってややこしい。住宅の中の小高い雑木林のような中に、清盛塚というものがある。

 清盛塚入口

長門の知行国主であった知盛が本陣を敷いたところだという。確かに海峡が見える。屋島を追い出された宗盛や安徳たちもここに居を構えたのだろうか。

しかし、平家は安徳や建礼門院以下の女官たちも皆船に乗せるのである。

 清盛塚

 清盛塚から

島の南西部に福浦という港がある。知盛はここに船団を隠し、海峡へと出撃していったのだという。

 福浦

福浦に金比羅宮があった。250段もの階段を上り、さぞ眺望が利くであろうと思ったら、樹木で何も見えなかった。

彦島八幡というものもある

島の北側、彦島大橋が見える

身投げ岩だそうである。

 


みもすそ川公園

知盛と義経像

 火の山

火の山は火山ではなく狼煙を上げた山だという。ロープ―ウエイがあるが車で上がったら樹木が邪魔でよく見えなかった。

 

 


長府 満珠・干珠

2021-03-25 | 行った所

いよいよ平家物語も大詰め、最後の決戦の場所が近づく。

源氏の大将義経の率いる軍船は長府、満珠・干珠島のあたりに集結。平家物語は「おひ津」と表現する。追津だろうか。一方平家は本陣を彦島に構え、「ひく島」と書く。「追う」と「退く」とでは勢いが違う。
満珠・干珠がよく見えるのは長府の豊功神社、という前知識を得ていたのだが、道がよくわからず関見台公園の駐車場に車を停め関見台に上がる。

串崎城という毛利の出城の跡地だそうだ。クジラの展望台らしきものがあるのだが、侵入禁止になっているし、眺望がきかなかったので、歩いて豊功神社を探す。

すごくよく見えた。

目の前に白旗を揚げ、ひしめく源氏の軍団、

 右手、西から彦島を周って潮に乗り押し寄せる赤旗の平家の軍船。
その潮目が変わり、平家は追い詰められていく。「門司・赤間・壇ノ浦はたぎりておつる瀬なれば」とある通り、狭い海峡の潮の流れは激しいものとなるのだろう。

軍鶏がいた。

白いのは雛かな、と思うのだが、平家物語第11巻「鶏合 壇ノ浦」熊野の湛増は平家に附くか源氏に附くか迷いいくつか占いをする。その一つが鶏合、白鶏7羽赤鶏7羽を戦わせる。白は一羽も勝たないのがなかった。
船軍ならば、と自信を持っていた平家だろうが、既に源氏の実力は水島の戦いの義仲の時とは変わっている。船団を抱えた各地の武者たちが源氏の下に集まっているのだ。

豊功神社の近くに石垣がある。串崎城のものらしいが、その説明板に、この地に藤原純友の配下の本拠地だったと伝えられるとか。