今日は奈良市保健所・教育総合施設がある「はぐくみセンター」に行ってきました。
目的は「にぎわい市場」で販売される、新鮮なお野菜達ですが・・・
掲示のイベント案内を見ると、
東大寺清涼院住職による講演 「お水取りに学ぶ健康術」とあります。
講演時間は2時間と たっぷり
定員150名で事前申し込みが必要であったが、当日空きが出たので、参加できるとの事。
ご住職が健康についての話だけを、長々と2時間もお話されるはずがない。
保健所施設での講演だから健康に関する事を挟んでほしいとか
主催者側に言われたに違いないから、きっと「お水取り」に関するお話が聞けるだろうと
読みは的中 で、 お水取りの時には どんな事が行われているか
大仏様・大仏殿建立の苦労など たっぷりと お話下さいました。
「修二会」の行のあいだ
12日の深夜(1時半ごろ)に
← 写真の「若狭井の井戸」から
水を汲む事から そう呼ばれる
この事は、良く知られていると思います。
また若狭井の井戸に水が湧くようになったのは
神様が集まる会合に遅刻した若狭の神様が
「遅れてゴメンね!お詫びに奈良に
若狭のお水をあげるから、許してね!」
と、いうわけで 井戸に水が湧きだした。という事だと伝えられています。
しかし、このお堂の中 どんな井戸の形でどのくらい お水が湧き出ているか?など
一部の僧侶しか知らないそうです。
なぜなら、修二会の行は「練行衆」と呼ばれる特定の僧侶が
それぞれの役割分担(和上・大導師など)された事だけを行います。
よって、お香水を汲み上げる係にならないと、中に入る事はおろか
どういう井戸なのか、どうやって汲みあげるのかさえ分からないそうです。
人に話す事も許されていないそうです
しかし、ご住職は その係になられた事がないと言うことで
自分の想像の範囲で と前おきして
音だけは聞こえてくるので、水はたっぷり湧いていそうだ。・・と教えてくださいました
そして 修二会の時に 東大寺にゆかりのある人の名前を読み上げるそうですが
過去帳の中には、聖武天皇はもちろん 行基さまなど
歴史的にも仏教的にも有名な方の名前が連なっています。
民間人(たとえば、木材を運ぶのに携わった160名の者とかいう感じで)も!
その中に 「青衣女人」 という名が・・・
ある年の修二会で過去帳を読み上げていると
練行衆以外は入って来れないはずの二月堂のお堂内に
青い衣をまとった女の人が現れて「どうして私の名前を読んでくれないのか?」
と、問われたそうです。
どなたなのか?わからないので、しかたなく 「青衣女人」と読み上げると
その青い衣の女性は姿を消したというお話でした。
その後も、公慶上人のご苦労や 大仏殿の大仏様の真上の柱のお話
1472年(戦国時代)から続く 「午玉誓紙」のお話など 興味深い内容でした。
最後に、「お水取り」は 「不退の行」であり
大仏殿が火事で焼けても、戦争があっても、ずっと行われて来ました。
どんな事があっても続けるという 強い意志で行われてきた行です。
こんな時代だからこそ、聖武天皇が「みんなのための大仏」を目指したように
他の人の為、未来の人の為を常に頭において、
全ての人が健康で幸せに暮らせる事を祈って生活しましょう!
と、きれいに締めくくられました。