7月6日はダライ・ラマ法王の誕生日だったので、
朝からツイッターで「今日は何か1ついいことをやろう」という呼びかけが回って来た。
ということで、会社でなんとなく、
「いつもならしないようないいことをやろう」と思って狙っていて、
「よし、達成した!」と思ったのに、
いま、それが何だったのかを思い出そうとしても、まったく思い出せない。
私は、どんないいことをやったのだろう。
それもこれも、
夕方以降、周囲の同僚を傷つけまくったからで・・・、
いいことがすべてチャラになってしまったような気分だ。
ああ、もったいないことをした。
その傷つけた、というのを自己弁護すると、
ギリギリの予算と人数で何かを作ると、
必ずと言っていいほど最後のほうがやっつけ仕事になるわけで、
それを体力と気力の余裕がある人がダメ出して、
みんなが少しずつイヤな気分になって、でも修正する、
という構図に、よくなる。
営業と制作というように、永遠に相容れない部門間の壁があるなかで
その論議をやるなら、そのあと「わかってねー」とお互い発散できるんだけど、
制作の内部でその論議をすると、だんだんみんながつらくなる。
やらなきゃいけないことなんだけど、
根本的に体制を改善できるとも限らなくて・・・、
まあ、しょうがない。
朝からツイッターで「今日は何か1ついいことをやろう」という呼びかけが回って来た。
ということで、会社でなんとなく、
「いつもならしないようないいことをやろう」と思って狙っていて、
「よし、達成した!」と思ったのに、
いま、それが何だったのかを思い出そうとしても、まったく思い出せない。
私は、どんないいことをやったのだろう。
それもこれも、
夕方以降、周囲の同僚を傷つけまくったからで・・・、
いいことがすべてチャラになってしまったような気分だ。
ああ、もったいないことをした。
その傷つけた、というのを自己弁護すると、
ギリギリの予算と人数で何かを作ると、
必ずと言っていいほど最後のほうがやっつけ仕事になるわけで、
それを体力と気力の余裕がある人がダメ出して、
みんなが少しずつイヤな気分になって、でも修正する、
という構図に、よくなる。
営業と制作というように、永遠に相容れない部門間の壁があるなかで
その論議をやるなら、そのあと「わかってねー」とお互い発散できるんだけど、
制作の内部でその論議をすると、だんだんみんながつらくなる。
やらなきゃいけないことなんだけど、
根本的に体制を改善できるとも限らなくて・・・、
まあ、しょうがない。