ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

柏手

2014-01-01 14:24:40 | Weblog
やはり、正月に日本にいないと、精神的に楽だ。
毎年、除夜の鐘を聞くたびに、何の為に生きているのだろうと思っていたけど、
昨夜は空爆のような爆竹の音とともに2014年が明け、
ああ、日本人でよかった、静謐な正月のほうが、正月らしいぜ、と思いながら、
ぐっすりと眠りに落ちた。

初夢の内容は、決してめでたいものではなく、
迷いと心細さをあらわすようなものだったけれど、
これが実状であるならば、それはそれで受け止めるだけだ。

今日は、本当は仕事が残っているのだけど、元旦ぐらいはやめようと思い、
朝から読書をしている。『自ら歴史を貶める日本人』の続きだ。

先日来、どうして中国にいるのか自問している。
私は、中国に親近感はあるけれど、親中派ではないと思う。

中国に住んでいる人の中には、島ぐらいあげちゃえ、と言う人もいるし、
日本人が悪いことをしたのだからしょうがない、と言う人もいるけど、
私は、島はあげるようなもんじゃないし、日本人はそんなに悪くなかったと思っている。
だから、中国人の友人にもハッキリそう言っている。
友人以外の人に言うのは危ないので、いまのところは言っていないが。

そして、中国人が一番不思議がるのは、なぜ私が休みの日も喜んで仕事をするのか、ということ。
自分でも不思議だし、日本にいた頃よりも、残業や休日出勤が苦でないのはなぜだろう、と
考えていた。

最近、気がついたのは、私は自分の仕事が「日本の国益につながる」と、
自分なりに、確信できるようになってきたからだと思っている。

私は、民間の小さな企業で働く一従業員に違いないけど、
お客さんである日本企業と中国企業の為にしっかり仕事をしようと思っていて、
社内では心を保って、いい悪いをしっかり考え、
長い目で見たときにどうなのかを問いつつしっかり生きることが、
なんとなく、回り回って国益につながっていると実感できている。

だから、いまは中国にいるんだと思う。
これが日本でも実感できるくらいに、自分の生き方がクリアになれば、
私は自然と国に帰るだろう。私が一番好きなのは日本なのだから。

ここ数日、すごく聞きたくなった歌があり、iTunesで購入した。
小比類巻かほるの「トワイライト・アヴェニュー」という歌で、
20年くらい前、入院中の母ところからの帰り道に、
電車の中で、思わずぼろぼろと泣きながら聞いた。
歌詞の一節に、
「最初チャンスを与えてくれたの 誰? ずっとハートにとどめたい your mind」
という言葉があって、これは母と私の歌だと思った。

人は、1人だと弱い。
だから家族を必要とするのだし、海外に住むと、祖国に思いを馳せるのだろう。
もし、その家族が、祖国が、完璧に美しくなかったとしても、それでいいんだ。
中国だろうが日本だろうが、そんなもんだ。
だって、私と同じ人間が、ただの人間が、悶えながら生きたのが歴史なのだから。
過去の人が特別に立派なわけでも、劣悪なわけでもない。
みんなが、一生懸命に生きた結果が、私には「そう見ることもできる」というだけだ。

これから上海の古寺に友人と初詣に行く。神社はないから。
柏手打ったら、顰蹙買うよなあ・・・。

あっぱれ

2014-01-01 00:20:31 | Weblog
ぜんぜん年末という雰囲気でない上海だけど、
いちおう明日は1月1日なので休み。
口実ができたということで、会社の同僚と飲みに行った。

ほぼ同世代の中国人女性2名。
そして私が加わって、恐ろしいくらいに、かしましかった。
2人とも日本語ができるので、雰囲気に合わせて日本語と中国語がちゃんぽんとなり、
まあ、最終的には中国語9割となるわけだけど、その頃には私もノっているので、
スゴい勢いで話がかぶさっていく。

彼女たちが私と食事に行くのは、まず同僚で友だちだからだけど、
やっぱり他の日本人がなんて言っているのか、
特に社長がなんて言っていて、私たち日本人がそれをどんなふうに理解し、
受け止めているのかが知りたいんだと思う。

そして、他の中国人が言っていることやウワサ、
私の意見を総合的に判断して、自分なりの立ち位置を決めて行く。
そう言う意味では、中国人は、非常に自立している。

話の途中で、私が中国人の部下のことを、
「あの子はウソをつくような性格じゃないから、あの子がそういうなら、
 私はそうだったんだと思うよ」と言ったら、
2人して勢いづいて「そうなのよ。あの子は、そんなセコいことしない!」と。

こういう時は、国籍なんて関係なくて、
私は自分の人を見る目を信じているから、自信を持ってそう言う。
別に日本人の肩を持ったりはしない。

日本人は、どちらかというと日本人の肩をもたないといけないような気がして、
韓国人もそんな雰囲気が日本人以上にあるけど、
中国人の場合は、もともと中国人同士というか「知らない人」を信じないので、
国籍に関係なく、自分が信じていない人のことは、信じない。
どこまでも自分が中心で、非常にシンプルだ。

自分の意見をハッキリ言うと、スッキリするもので、
約3時間の食事の後、3人とも、非常に晴れ晴れとした顔でレストランを後にした。

おかげで、あっぱれな正月が迎えられた感がある。