ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

脱自虐史観に関して

2014-01-19 17:35:07 | Weblog
日本では、外国に留学したと言うと、
その国に興味があり好きだから行くのだ、と思うだろう。
ということで、中国に住んでいるなんて言うと、親中派と見られることもある。
最近の日中関係の影響を受けて、
日本人から、中国に住んでる日本人は売国奴だと言われることもあるらしい。
まあ、主にネット上でだ。

そういう話に触れるたびに、日本人は純粋だなあ、と思う。

私が知っている中国人で、日本留学経験および就業経験がある人たちは、
決して親日派ではないし、周囲の中国人もそんなふうには思っていない。
だから「この人は日本への留学経験もあるし、きっとフェアだ」と期待して、
支那事変の話を始めようものなら、その中国人からは猛烈にイヤな顔をされ、
日本ってさ~と悪口をさんざん聞かされるハメに陥る。ただし、過去のではない。今の悪口だ。
「あの人、日本人なのに、約束守らないよ!」と。笑える。

ただ、中国人の反応は当たり前だ。
彼らは「海外留学経験くらいないとね」という層に属し、
たまたま中国よりも日本のほうが進んでいる部分があるから、
見栄えがいいので日本に行っただけであり、決して、心底日本が好きなわけではない。
たまに、日本人になりたいと言う中国人もいるにはいるが、
理由を聞くと、社会福祉がしっかりしてて老後の不安がないから、と現実的な答えが返ってくる。

だから、私はもう中国人と過去の話をする望みは捨てたし、謝る気も全然ない。
なんか言われたら「そっか~歴史に詳しいんだね」と切り返してごまかす。
1949年よりも前の歴史は、中国にとっては古代史だ。

勝った人たちがいいように歴史を書く習慣を作って、かれこれ2000年以上。
中国人ほど歴史を信用していない人たちもいないし、
歴史に詳しいんだね、と言われた瞬間の彼らの顔を見ているうちに、
これは最高の皮肉になるのだと気がついた。

つまり、そういうことを言う人は、実体験ではないことに言いがかりをつけている。
単に、俺はお前より上だ、と言いたいがための方便として活用してくるだけだから、
相手にしないに、こしたことはない。

それよりも、ようやく労働者階級ができた彼らと、同じ目線で話すほうがいいだろう。
共産党よ。むかしは無理矢理に階級闘争を自作自演してきたけれど、いまこそ出番だ!
というときに、共産党幹部は資産家の仲間入りをしていたのでした、というオチ。
これほど中国人と盛り上がれる話題はない。

ただ、そういうとき、たまに中国人がポツリと質問してくる。何気ない感じでだ。

おそらく、おじいさんやおばあさん、またはその上の代の人が、戦前の日本人と接したことがある。
どうやら家の中でこっそりと伝わっている日本人評には、
表向きの歴史とは全然違う好意的なものもあるようだ。
それに、80年代以降の若者は、日本のアニメにも触れているので、日本のよさも結構知っている。

で、聞かれたこっちが、左翼で歪められた日本史しか知らないのだから困ったものだ。
一度、距離感がつかめず、私が戦前の日本人をあまりよく言わなかったら、
本当に困った顔をされたので、じゃあ、ちょっと日本を弁護していい?と話を繋ぐと、
うんうん、そういう話が聞きたかった。だって、日本人は約束を守るし、きちんとしてるし、
それは過去の日本人もそうだったと思うから、と。

こんなときに、GDPが、なんて言うと、いい感じにヒートアップする。
日本を抜いたなんて言ってるけど、私の生活水準は、明らかに日本の平均水準より低い!
中国人の態度なんて、非文明的もいいところじゃない! みんな政府の嘘!
特に上海人最悪!と言い出す。
上海人は、気の毒になるほど、本当に嫌われている。

だから、中国人のおかげで、私は本格的に自虐史観を捨てることになった。

日清戦争からすでに百年以上が経過したのだし、そろそろ比較的近い「古代史」を
違う眼で眺めてもいいじゃないか。

この土日に読んだ2冊。
『真実の中国史 1840-1949』『真実の満洲史 1894-1956』(宮脇淳子著)

宮脇さんへのインタビューを編集部がまとめたものなので、文体は話し言葉に近く、
大学の講義を聴いているようにわかりやすい。

ただし、ところどころに、某国を「本当にひどい」と言ったような、
話の流れに出てくる感情的な主観が織り交ぜられており、
きっと編集部の方針なんだろうとは思ったが、内容がいいだけに、すごく残念だった。

こういう感情的な言葉は、ブログで出すならいいけど、書籍では大人げないと思う。

むかし中国の書籍は、読み手は書き手よりも博学で賢いという立場で編まれた。
みんなが当然知っていることや、当然もつ感情は省略された。
だから、行間を読む、という言葉ができたんだ。

最近、日本で発刊される脱自虐史観の本は、それなりに面白いし、
内容もよく調べてあって、全体的な方向性としては賛成なのだけど、
この「行間を読む」部分に触れるあたりが、ちょっと下品だと思う。

中原

2014-01-19 03:17:20 | Weblog
性懲りもなく、古代史の本を読んでいる。
古代史と言っても、日清戦争から1949年までの東アジアの歴史だ。
あえて、中国とは言わず、東アジアと言う。

中華人民共和国は、1949年に成立宣言をし、
現在、中国の学校では、1949年よりも前の歴史はすべて「古代史」という
分類になっている。

日本人にとっての古代史は、縄文時代くらいのイメージだけど、
マルクス主義では、解放前の封建的社会は、すべて「古代」になる。

日本が縄文時代だった頃に、中国は素晴らしい青銅器を作ったりしていたわけで、
しかも、その素晴らしい青銅器を作った人と、
現在の中国人の多数を占める漢族は、おそらく血縁関係が薄いだろうと思うので、
中国は奥が深いと思う。
が、中原が幾度も破壊的な戦火にあえば、そんなもんだろう。

いにしえの青銅器の技術は、現代のそれを凌駕する技量だということなので、
歴史というのは一方方向で流れるものではない、と言え、
すでにマルクス主義の歴史観を、中国自らが覆しているという面白さがある。

まあ、中国人は誰も、中国を共産主義国家だと思ってないわけなので、
彼らからすると、どうでもいいのだろうけど。

最近、会社がすごく重い。
今日は、歴史の本を読みながら、頭のバックグラウンドでその理由を考えていた。
こんな時間になって具体的にかたちになったのは、あるひとつのこと。

会社でいま、1人リストラしようとしている。
その人は、私が中国関連の本を読むと、必ず浮かんでくる顔だ。

魯迅の小説に出てくるような、卑屈な性格で、
きっと通州事件や南京虐殺(中共が喧伝してる大虐殺じゃなくて、日本人が殺されたあれ)を
思い描くとき、必ず中国人暴徒の顔として、彼の顔が浮かぶ。

それは、一昨年の反日デモのときに、
回って来たアジビラに熱のこもった眼をしていた彼だ。
あのとき私は「行きたかったら行けばいいよ、別に止めないから」と言った。
結局、彼は行かなかったけど、ずっとネットでデモの応援をしていた。

彼は、その実、日本がすごく好きだ。
学生時代は留学したいと憧れていたらしい。
でも、長男のために両親が留学をゆるさなかった。
ちなみに、いろいろと違法なことを村長さんとつるんでうまくやる家柄らしく、
一人っ子ではない。
中学時代から上海に住んでいるが、戸籍は中原の貧しい地域だ。

彼の屈折は、正直言って、私にはぜんぜんわからない。
でも、逆恨みされるだろうという、何とも言えない確信はある。
この得体の知れない恐怖は、日本ではあまり感じることがないたぐいのものだ。

要は、人間関係の悩みなのだけど、
実は彼だけでなくて、中原出身の人は、結構苦手だ。

なんとなく仲良くなれるのが、早くに門戸開放された中国の沿岸部の人たちや、
東北部(旧満洲)の人たち、また1949年以降に中共に侵略された民族の人たちで、
いわゆる中原の人たちとは、なかなか仲良くなれないんだなあ。