豚も杓子も。

私にすれば上出来じゃん!と開き直って、日々新たに生活しています。

合唱

2006年09月26日 | Weblog
みたぽんが昔懐かしい合唱曲を送ってくれました。
改めて考えてみると、音楽班(クラブですね)に属していた中・高の5年間は、素晴らしく詩的な環境にあったともいえるのですね。
当時はあくまでも「歌詞」としてしか接してなかったと思います。言葉が伝える意味よりも、言葉の聞こえ方、子音の響きなどに関心を払っていました。ですから、内容の検討はほとんどしていなかったような気がします。
そもそも、しみじみと詩を干渉する子ではありませんでした。

詩として読んでみると、本当にいい詩が多いですね。送ってくれた、「風が」「雪の日に」は、定番の名曲なので、どこかで耳にされたこともあるでしょう。今日は、それ以外の印象的な詩を書き留めて置こうと思います。これは確か、「NHK全国音楽コンクール」(課題曲と、自由曲を披露して競います)の課題曲でした。


「海はなかった」 
         
         作詞 岩間 芳樹  
         作曲 広瀬 量平

さびれた入江で
白い羽根を見つけた
陽炎(かげろう)にかざして渚を走る
夏の旅びとの髪飾り
どの風待てば飛べるだろうか

海は
鳥たちの
まばゆい記憶を
汚して消した
生きものの自由なはばたきを
望んでいたはずだった

だけど
ひとすじの光さえ
あの重い雲間に
見ることもなく
かすかな足あとを
残しただけで
鳥たちは
眠る

ふたりで浜辺に
砂の山を作った
日ざかりに揺れたつ羽根の墓標よ
夏の旅びとの髪飾り
どの花添えて海をみようか
    


校内音楽会もありましたが、私たちにとって、毎年このコンクールに出ることこそが最大のイベントでした。
ほとんど体育会系のノリです。たとえば、練習は腹筋百回から始まります。
中学3年生の時には宿敵KO中学を破り、中国地方の代表となって全国大会にも出場しました。ただし、この頃はまだテープ審査だったので、NHKホールの舞台を踏むことはありませんでした。高1の時は、顧問の先生が変わりコンクールにもたぶん出ましたが、参加するだけだったような・・。
高2で元の顧問の先生が担当になって、コンクールへの本格的な挑戦が復活。このときの自由曲が女声合唱の名曲『愛の河』の中の「誕生」でした。ものすごく気張ったのに、強敵の混声合唱のKA高校に負けて、銀賞。男子がいればいいってもんじゃねーだろ!と思いましたね。どうも、女声合唱はきれいなだけという先入観があるのではないか・・・と、当時は思っていました。
帰ってから部室でみんなで大泣きしましたが、最初はなだめていた先生が途中から壁際に打ち伏して一番派手に泣いていたのにびっくりいたしました。

次の年に先生が選んで来られた自由曲は、とんでもなく力強いものでした。海底からうねりが押し寄せてくるような怖い曲。表面的な美しさとは無縁の不協和音だらけの前衛的な曲でした。海を歌った歌で「波頭(なみがしら)に、白い泡の花・・、」だったかな。高3の10月までそういうわけでクラブ活動に励んでいました。この伝統は今も生きているようです。ともかく、この年はこれでKA高校に雪辱を果たし、県で優勝したと思います。金賞獲得ですね。普通以上に頑張らないと女性は認められないと知らず知らず刷り込まれてしまったのかもしれません。