船橋にあるうたごえゴリに行ったついでに念仏堂まで散策してみました。
目的は江戸名所図会の天道念仏踊り図にある念仏道です。
いまでも毎年3月の第2週の日曜日に、「天道念仏」という伝承行事を行っています。
★ランドマーク海神念仏堂:所蔵の「阿弥陀如来立像」は市の文化財になっています。これは鎌倉時代作(ただし光背と台座は室町期)という古仏です。かつて船橋海神に存在した天摩山善光寺という古寺にありましたが、善光寺が廃寺となり、一時小金の東漸寺に移されていましたが、高麗屋佐治右衛門がこの念仏堂に納めたと伝えられています。
「天道念仏」は毎年3月の第二日曜日に行われます。
冬から春にかけて太陽の力の復活の時、五穀豊穣を祈るのである。祭壇の中央に太陽をかたどった「梵ぼんてん天」を立て、その前に大日如来を祀る。「講」の人々が祭壇の前で念仏を唱え、梵天の周りを鉦かねと太鼓に合わせ「テントウダー、ナンマイダ」と唱えながら回るそうです。
念仏堂の手前に
地蔵院がありました。本堂です。
★地蔵院:地蔵院の創建年代等は不詳ながら、地蔵院の公式ページによると「天正3年(1575年)僧長蓮、法印勝誉の創建」といいます。海神村内の各社の別当寺を勤めていたといいます。関東百八地蔵霊場82番です。(HP猫の足あとより)右手にあるのがお願い地蔵尊のようです。
船橋本町に入ると船橋日枝神社がありました。
★船橋日枝神社:昔から山王様と呼称されて土地の人々には産土神であり信仰の中心であった。
明治初年頃神仏分離令により日枝神社と改称され、明治四十三年には村社日枝神社となる。
大正十年当時の在郷軍人会が中心となり社殿の大改築が行われ、昭和六十年現在の社殿の様姿となす。(境内掲示より)庚申塔や
境内社がありました。
こちらは西向地蔵尊です。
★西向地蔵尊:ここは旧船橋宿の入り口で、かつては罪人の仕置場(処刑場)と言われている。地蔵尊像、阿弥陀仏如来像、聖観音像が全て西側に向いていることから地元では西向き地蔵と呼んでいる。
★御成街道(とうがねおなりかいどう):九十九里方面での鷹狩のために徳川家康が土井利勝に命じて、慶長19年正月から数ヶ月間かけて元和元年11月に完成した道路です。