さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

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2024年12月31日 | 寸感
 尾上柴舟『紀貫之』(昭和十三年十月刊)より。

目にも見て声も絶えせぬほどなれど忍ぶるにこそ遥けかりけれ  紀貫之

その人を目にも見、声も絶えせず聞く程であるのに、その人を恋ふる心が起ると、遠方に居る人のやうな気がする。第一二三句に「近き」を云ひ、第四五句に「遠き」を云ふ。この「近」「遠」の対照は端立つて居ないのみでなく、全体の意義に無理がなく、さもあるべく考へられるので、興趣の深いものがある。秀詠とすべきであらう。」 (尾上柴舟)

その人を 目にも見る
声もきく
けれども その人はいない
いまここに 
すぐそこに 
その人はいるのに

どうしたことだろう
この遠さはなんだろう
月の光が遍満する空のはたてに
わたしの断念だけが
いま かがやく辺縁を拡げていく

みえるけれどもみえないあなた
きこえるけれどもきこえないあなたの声は
いま この世界にあふれているのに
どうしたことだろう
この遠さはなんだろう

とおくのあなたよ
あなたたちよ
わたしは私の涙を
あなたたちにそそぐ
熱と炎によって瞬時に蒸発した魂のために
わたしたちは祈らなければならないはずなのに
笑いさざめいている
わたしたちのいまがあって
どうしたことだろう
この遠さはなんだろう



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