さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

鶴田吾郎 デッサン

2023年07月23日 | 美術・絵画
   肘を突いた左腕の上におとがいを乗せて、嫣然と微笑む若い女性。ぱっと見たところ美人画の範疇に属する絵のようであるが、仔細に見てみると、なかなか凝った絵だということがわかる。作者は戦前、戦中に著名だったリアリズム系の洋画家。よく知られた代表的な戦争画の一つを描いている。  右目と左目の大きさがちがうようにみえるのは、指で片頰の皮膚を押し上げているからである。そのせいもあって目の下の陰影の濃さが異なっている。また、微笑のせいで鼻の下の唇が歪んでいるように見えるのも、照れていただろう女性に右を見るようにうながし、緊張で引きつっていたかもしれない顔に動きをもたらす仕掛けがあるからである。実際にこの絵と同じポーズをとってみると、手の当て方にしても相当に人工的だということがわかる。  両目の下の縁に頭の中で線を引いてみてから、鼻から顎にかけての線を下に下ろして引いてみると、普通に正しい十字が現れる。顎のあたりがやや歪んでいるように見えるのは、こちらの錯覚だと気がつく。半世紀近い歳月を経て、当初施されていた赤色がとんでしまっているので、色でカバーしていた部分は消えてしまっている。  モデルとなったこの女性は、いったいどこの国の人だろうか。目と眉の間が狭いので、フランス人だか、日本人だか、インド人だか判別がつかない。この絵とは別に1960年代にインドのダージリンのあたりに行って描いたデッサンを私は入手しているが、それよりも紙の劣化の度合が激しいので、さらに古くて戦時中に東南アジアの人をモデルとして描いたスケッチのひとつかもしれない。日本人だとしたら相当にエキゾチックな顔である。波打っている髪の量は豊かで若々しく、頬のやわらかさまでもとらえた顔の描線は、いかにもみずみずしい。

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