さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

藤田正代 「未来」の短歌採集帖(7)

2018年07月22日 | 現代短歌
 だいたい手元の本をぱっと手に取って読むことにしている。今日は、「未来」の六月号を見ていたら、次の歌が、心にしみて来た。

 泥のやうに目覚めてをれば麻痺の手を冷たくわれに重ねてきたり  藤田正代

 たふれこむやうに眠りぬ君の手の触れし左のほほは覚めてて

藤田正代さんは、大島史洋選歌欄の歌人である。「麻痺の手を冷たくわれに重ねてきた」のは、夫だろう。「泥のように」というのだから、体はとても疲労しているのに、作者は眠れないまま横になっていたのかもしれない。

二首目は、夫が手で顔に触れてきたのをきっかけとして、ようやく私は眠りにつくことができたのだろう。夫は、横に寝ながら、何となく私の状態を察していて、「もう寝ろよ」と、ほとんど感覚のない腕を動かして、私に思いを伝えてきたのだ。そのことに感動して、倒れ込むように眠りに入ったのだという。深い心の交流の姿が写された歌である。続けて同じ一連から引く。

沈みゆく心に鵙の鋭き声の刺さりしままに春の日暮るる

なにもかもうまくいかない一日の終はりにシーツの春の陽たたむ

「鋭き」は「とき」と読む。二首とも春のもの憂き心情を詠んでいる。続く歌では、読者は「シーツの春の陽たたむ」という言葉で、やや救われる。こういう歌にずっと心が寄ってゆくというのは、私のいまこの時の気分によるのである。


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