~会期は終了しました~
絵本を作る仕事を一緒にさせていただいたことがあった作家さんから、展覧会の案内状をいただきました。
ご本人は、ゴリラ以外にも描けるのに……と当時はちょっと不満げにおっしゃっていましたが、今や、ゴリラといったらこの方です。
「推薦のことば」を人類学者、霊長類学者でゴリラ研究の第一人者の山極寿一さんが寄せています。
前記事で紹介したボールペン画と同じ封筒に入っていたので、同時期にプレゼントしていただいたものだと思います。
この作品だけ、けっこうシミが出ているので、もっと前にいただいたものかもしれません。
サインの中にS60とあるのは、制作年かもしれません。
朝顔市や羽子板市にも連れて行っていただきました。
先日、4月7日に井上洋介さんを偲ぶ会「春の闇を喰べる会」が浅草の「釜めし春」で開かれ、それに参加する前、洋介さんによく連れて行ってもらった「捕鯨船」の前まで行ってみようと、確かこっちだったよなぁ…と思う場所のあたりを歩いても、どうしても見つけられませんでした。
捕鯨船のご主人は「春の闇を喰べる会」に参加されて、洋介さんの思い出を語ってくださいました。
調べてみると、「捕鯨船」は平成12年に浅草六区通りの今の場所に移転したんだそうです。……ということは、移転してからは行っていなかったということになります。……十数年、行っていなかったのかぁ……。
洋介さんといえば、飲まないのに何軒もハシゴして食べていたころの有名な豪傑話は「伝説」のように語られていましたが、私がご一緒させていただいたころからは、お腹がいっぱいで閉口しているのに次のお店に連れていかれたというような記憶はありません……食事後に浅草の甘味処の「梅園」で粟ぜんざいを食べたということはありましたが、そんな程度では「伝説」にもならないですからね。
晩年は、喫茶店「金龍」で待ち合わせて、原稿の受け渡しを終えると、浅草を歩いて食事場所に移動することが多かったです。
締めは喫茶店「ローヤル」でした。そういえば一度、皆が押しとどめようとしたのにホットサンドを注文したのには驚かされたことがあったっけ。(その時は、人数分の注文ではなかったのが幸いでした)「ローヤル」ではコーヒーか、コーヒーゼリーをいただくのが常でした。
記憶が時系列に並ばず、脈絡もない断片的な思い出になりますが……。
向島百花園にも何度か行きました。
……最初に行った時だったか、降りる駅を間違えたことがありました。降りてすぐに気づき、乗ってきた電車は後から来る特急電車の通過待ちでまだ停車中で、また乗れば良いだけだったのに、発車ベルもなっていないうちから「ドアが閉まって挟まれると危ないから」と、次の電車を待った”事件”もありました。
浅草で行ったお店は、「餃子の王さま」、メニューに「チャプスイ」があった洋食「リスボン」、喫茶店「ローヤル」、甘味処の「梅園」、「釜めし春」、天ぷらの「大黒屋」、京成浅草駅近くの……あれはなんていうお店だったか……グルメ地図を頼りに記憶をたどると名前が判明しました。「元祖やきかつ桃タロー」でした。喫茶店「金龍」の隣の中華「金龍」にも一度だけ入ったことがありました。ご自分で下見して、気に入ったお店に編集者を連れていったのでしょう。乙にすましていて気位が高い印象を受けるお店は、お眼鏡にかなわない店として失格だったのだと思います。同じお店に頻繁に行った時期もありましたが、行かなくなるとパッタリということも多かったように思うので、何かお気に召さないことでもあったのかもしれません。
20数年前は、浅草周辺をあちこち歩き回った時期もありました。今戸橋のたもとに今戸焼という焼き物が残っていることを教えてくれたのも洋介さんで、お店を訪ねて行ったことがありました。
会社近くから都電荒川線に乗って、終点の三ノ輪まで行ったことがあったなぁ。三ノ輪に着いた後はどうしたんだったか……。昔の手帳を引っ張り出してみたら、偶然にもその日がいつだったのかが判明しました。1988年3月28日のことでした。28年も前!!
三ノ輪から浅草に出て、「元祖やきかつ桃タロー」に行き、帰宅は終電と書いてありました。
集まった編集者が何人いても、浅草から千葉方面に帰るのは、たいてい洋介さんと私だけでした。都営浅草線から京成線へは、途中で乗り換えが必要でした。洋介さんが下車する駅は特急や急行が止まらないので、各駅停車を待ってということになり……来た電車が混んでいると、「混んでますね、次にしましょうか」となって、何本かに1本しか来ない各駅停車の電車を待つ……という具合で、遅くても10時前には散会しているはずなのが、洋介さんを見送った後、JRと接続する途中駅で乗り換えて、千葉駅から乗る電車は終電になるというのは、この日に限ったことではありませんでした。
話題に事欠いて、星新一の初版本を集めていることなどをこの時におしゃべりしたんだと思います。「もう持っているでしょうけど、古本屋で見つけたから」と、星新一の本を2度もいただいたことがありました。
「ヒルコノウシュウ」という漫画家について熱く語っていた時期もありました。変なペンネームの漫画家だと思っていたら、テレビによく登場するようになった蛭子能収(えびすよしかず)さんのことだと知ったのは、しばらく後でした。なるほど音読みすれば「ヒルコノウシュウ」ですね。
たくさんの思い出がある井上洋介さんですが、洋介さんがボールペンでサラサラと描いてくださった絵が手元にあります。
なぜその時にカラー墨流しで作ったマーブル模様の紙を持っていたのか、まったく記憶がありません。
同じ時期にいただいた木版画を次記事で紹介します。
横井弘三の著書のについての過去記事にコメントをいただいたことがある方からお知らせをいただきました。
没後50年”日本のルソー”横井弘三の世界展 が開催されています。どうぞ足をお運びください。
(画像は「横井弘三とオモチャン会」の公式HPより)
会期 2015年9月12日 (土) - 2015年11月8日 (日)
休館日 毎週水曜日 ※9/23は開館、翌9/24休館開館時間9:00~17:00(入館は16:30まで)
会場 長野県信濃美術館 (第1・2、小展示室)
観覧料大人 800(700)円、大学生 600(500)円、高校生以下無料※( )内は20名以上の団体料金
*東山魁夷館との共通料金 大人 1,000円、大学生 700円、高校生以下無料
クーポン長野信濃美術館 観覧料割引クーポン2015 もあります。
※ この展覧会は2016年4月17日~6月5日の日程で、練馬区立美術館で開催されます。
(画像は「横井弘三とオモチャン会」の公式HPより)