激しい風雨に旗が激しくはためいて買い物帰りの私は傘もさせずにようやっと歩って家に帰りました。
運転免許証を返納して3年目、風雨で自転車にも乗れずちょっと惨めな思いの買い物帰りの爺いでした。ばばちゃんはすべてタクシーですけど昭和2年生まれの偏屈爺いは1kmくらいのところはすべてあるきます。
ばばちゃんはあきれてなにも言わなくなりました。でも偏屈爺いは「負けちゃおれんぞね」と気張っているんです。
激しい風雨に旗が激しくはためいて買い物帰りの私は傘もさせずにようやっと歩って家に帰りました。
運転免許証を返納して3年目、風雨で自転車にも乗れずちょっと惨めな思いの買い物帰りの爺いでした。ばばちゃんはすべてタクシーですけど昭和2年生まれの偏屈爺いは1kmくらいのところはすべてあるきます。
ばばちゃんはあきれてなにも言わなくなりました。でも偏屈爺いは「負けちゃおれんぞね」と気張っているんです。
昨日の豪雨が嘘みたいです。ストーブを焚かない室内が18℃もう三月末日の気温です
昨年の1月26日はこんな吹雪でした
今年の暖冬の異常さがよくわかります。例年の今頃は吹雪くなか除籍機で毎日除雪していたんですね。本当に過ごしやすい今年の冬なんですね
冷たい雨で川辺がもやっている
雨に濡れてる街通りは水鏡になって信号灯を映して綺麗
国道49号線もすっかり雨に濡れている
福島県の浜通りいわき市方面では洪水による避難指示の第一号が早々と出ているみたいです。
2020年の気象の幕開けはちょっとおかしな様相を見せているような気がします。どうなるんでしょうね、まだ寒は明けてはいないみたいですけどもね.。それに新型の肺炎の「コロナウイルス」が世界中の人類の心を震撼させていますね。なんかちょと不安、ちょっと怖い気がします。心配症のボケ爺いです。
こんな時にかぎてって「コロナウイルスを予防する○○エキス」なんてのが秘やかに売り出されたりするんですね。気をつけなちゃ
ポンプ小屋跡の桜の思いいろいろと
50年ほど昔まだ私が40歳台だった頃この桜の木のこちら側の流れに小さなダムがあって、この桜の木の脇に水田の灌漑用のポンプ小屋があったんですよ。そしてその小さなダムの上に木製の幅の狭い橋が渡されていました。
当時私は友人から譲ってもらった柴犬系の雑種犬「ジロー」を家族にしていつも散歩を一緒していました。とても賢いワンちゃんでしたけど神経が細やかで臆病でした。当時は今とちがってワンちゃんの散歩に人はおおらかで人の姿が見えない時はリードフリーで大丈夫した。
このダムの上の橋は向こうの岸に渡るに便利な橋でしたけど幅の狭い一本の木で作られた橋でした。その橋を渡ろうとするとジローは怖くて自分では決して渡ろうとしないのです、私がかまわず先に渡ってしまうと橋のたもの向こうでお座りして悲しそうに「クークー」鳴いているんです。ヤムを得ず私はいつもジローをだっこして渡っていました。「右だよ」「左だよ「まて」など私のいうことは何でも分かってくれた賢いワンちゃんでしたけど、ほかのワンちゃんが平気でこの橋を渡るのを見てとてもうらやましく思い、でも憶病なジローに困りながらもとっても可愛く思っていました。
その頃、家内(今のばばちゃん)とジローとわたしで山にわらび折りにいったことがありました。山の斜面の藪の中でのワラビ折りですから私と家内は50mから60mくらい離れてしまいます。するとジローは私のところにきて様子をたり家内のところに走っていって甘えたりしていましたけどやがて疲れて籠や弁当などの荷物を置いた場所で伏せをして休みながら待っているような可愛いわんこでもありました。もう50年も昔のことですけどそのときことを思い出し今でも二人でその思い出を話し合って懐かしむこともあるんですよ。その頃の家内も私も若かったし二人に甘える小型犬の ジロウも可愛かったんですよ。懐かしい思い出です。
そのポンプ小屋の脇にはその当時も一本の桜の木があって春の花秋の紅葉が綺麗でした。その桜とポンプ小屋をテーマにどなたさんかが撮った写真が町の展覧会に特賞になっていました。すばらしい写真でした。私もまねして撮りましたけどどうにもおよびません、悔しい思いをしていました。今でも私はこの桜をずっとポンプ小屋跡の桜と称して撮り続けていますけど、駄目ですよね私にはセンスがないんです。
やがて時は過ぎ、ポンプ小屋の向こうの広い水田は大掛かりな基盤整理がおこなわれ立派な用水路が作られ揚水ポンプの必要がなくなりポンプ小屋も取り払われてしまいました。そして工事の邪魔になったんでしょうか桜の木も切り倒されてしまったのです。寂しくなりました。
ところがその切り株に二本のひこばえが生えてぐんぐん大きく成長して今のような立派な姿の桜になったのです。ですからもとは一本の姿でしたけど宇今は二本の幹になっているんです。
そして今の桜の木の幹元を見て見るとひこばえの幹がふとくなって元の桜の木の幹(今は枯れていますけど)をたくましく包むようになっているんです。時の流れを感じさせなんかとても見事に見えているんです。
30年ほど昔この川辺の荒れ地にゲートボール場が六面も作られ会津大会なども開催され賑わいました。廻りには各地から参加した選手団の綺麗なテントが立ち並びゲートボール用品店などの出店もありそれはそれは賑やかでした。私の家内なども選手として参加しいいとこまでいったようでした。
その頃この川辺には柳やニセアカシヤなどの林があって川沿いには芦が茂っていました。林の梢にはホオジロやホオアカやカワラヒワなどの小鳥が賑やかにさえずり、葦原にはヨシキリの声がかまびすしくてその巣に托卵しようと狙っているカッコウの声がのどかに聞こえていました。川面にはいろんなトンボが飛び交いカルガモがいっぱい泳いでいました。冬になると小ガモなどの渡りの鴨類も飛んできました。綺麗なオシドリのカップルも見たこともありました。オシドリって雄鴨は綺麗で見事ですけど雌はとても地味なんですよね。ともあれその頃は自然が豊かでした。
それがある年を境に蝶やトンボや蜂などの昆虫が激減しそれにつれて豊かだった小鳥たちの姿も消えました。
今は芦原などの雑草地は綺麗な芝生に変わり夏場は小型の芝刈り車が数台で芝の刈り込みをし、かつて賑わっていたゲートボール場はパークゴルフ場に整備されています。今は冬ばですから静かですけども春から秋にかけてはいくチームものパークゴルフで賑わいます川の両岸も綺麗に手入れされた芝生で綺麗です。立派な公園になりました。でも川辺には小鳥の姿も鴨たちの姿もなくて静かです。
思い出を蘇らせて歩む冬の道
昔を懐かしんでとりとめもなく書いてしまいました。