けども、今農村の集落も圃場も静です。
うちのばばちゃん(家内)はたくさんのばばちゃんのお友達を持っています。町営温泉糸桜里の湯からの帰りばばちゃんはしみじみとわたしにいうのです。
今、農家のばばちゃんたちがいってるよ。「今年は米の値段が安くって困っている。それに安い国民年金ではお金が足りずに細かい所まで倹約しながら暮らしていかなければならなくなった」・・農家のばばちゃんたちはみんなこぼしているみたいだよと。
秋の刈り入れの進む広い坂下町の圃場です
20年くらい前まではそれぞれの農家に小さいコンバインがあって50歳前後のご夫婦を中心に家族の人たちが力を合わせて稲刈りの仕事が進んでいて圃場は賑わっていました。
それが今は、この広い圃場には遠くに小さく見えるコンバインを含めてわずか2台しか作業していないのです。それでも稲刈りが始まったと思って10日もするとほとんどの圃場の稲刈りは終わってしまうんのです。
近頃の農業の耕作機械の進歩はすばらしいと思います。ブルドーザーやそれに装着して使う機械にしても、田植え機にしても、コンバインにしてもみんな大型化し、作業のスピードがすごく速くなっているようです。それだけに機械の価格も高くなりそれぞれの農家で大型耕作機械は持つことは出来なくなっているんだと思います。
田植えにしても、稲刈りにしてももう農村には昔のように多くの人手は入らなくなっているんですね。機械を操作運転するご主人と、収穫された籾を軽トラで大型の籾乾燥貯蔵施設のカントリーエレベーターへ運ぶ奥様のお二人だけで稲刈りの作業は進んでいるようです。もう農村には多くの人手は入らなくなっているような気がします。
この写真は金上の二瓶さんご夫婦の作業風景です。撮影もブログに掲載投稿することも許可を頂いております。
この写真では稲刈りの休憩時に昼食をご3人でとっていらっしゃいます。コンバインが横から撮影されていますから大型化されていることがよく分かります。
3人の方で作業が進めれているようですけど、そのうちお二人は圃場の持ち主のご夫婦で、お一人は稲の刈り取りを頼まれて作業をなさる大型コンバインのオペレーターの方なのではなかろうかと思われます。いまの農村集落ではおおざっぱに見ると四つに別れているように思います。
(1)大型の耕作機械を使って自分の圃場はもちろん委託された圃場の稲作を経営し、依頼された田植えや稲の刈り取り作業などもなさるごくごく少数の大規模経営の純農家の方。
(2)稲作を中心にして農業を経営なさっていらっしゃるけれども、田植えや稲刈りの作業だけは大型の耕作機械をもっている方に依頼なさる方。
(3)自分の農地の水田は全部大型経営している方に依頼し、自分は会社なり商店なりに勤めてサラリーマンをなさってる方。
(4)集落に居住しているだけで農業には全く関係のないかた。
そして心配なのは稲作なり畜産なりをしていらっしゃる農家の方はほとんど50台以上の方が多くて40台以下の方が極めて少ない、つまり農業関係の後継者が少ないように思えることです。
今、農村は大きな曲がり角に立っているように思えます。そんな遠い将来のことではなく、10年後20年後の農村がどうなっいるんでいるんでしょうね。「お米の値段が安くなって困っている」そんな声が私の耳にも入っています。
でも、私の住んでいる農村の集落では生活保護を受けたり、なんの職にも就かない引き籠もりの人など一人も聞いていません。農村には立派な伝統があって皆さんたくましくそれぞれの立場でいきいきと心豊かに生きていらっしゃいます。
私には未来の農村がどのように再生発展するのか分かりません。でも、20年後30年後にはりっぱな農村になると信じているんです。農村の人はたくましいんです。いまだって皆さん心豊かに生きて暮らしていらしゃるんですから。それを楽しみに生きて生きたいと思っています。