振り返って見ればそれなりに元気に生きてきたと思う20014年87歳の私の一年でしたけど・・11月28日、大事な心の友でもあった弟を膵臓癌の長い闘病生活の末に亡くしてしまいました。呆然として心を失い疲れ果てていたところに突然に帯状疱疹の激しい痛みに襲われ2週間通院しながら耐えてきました。そしてようやく痛みが薄らいだと思った時にまた軽い風邪に罹患して咳と鼻水に苦しみました。
疲れ果て、気力も体力も衰えて散歩する楽しみも、撮る喜びも、ブログに投稿しようとする意欲もすっかり消え失せてしまった私の2014年の12月でした。
2014年の私の年はいま過ぎ去ろうとしています。そしてすぐそこに2015年88歳の私の新しい年がやって来ようとしています。疲れ果てた20014年ではありましたけど、今は心を切り替えて新しい年の生き様を考え心を立て直さなければならないと今は思っています。そのためにも心静にいま過ぎ去ろうとしている20014年を振り返って見たいと思い立ちました。その中に新しい年を迎える心のなにかを見つけることが出来るかも知れないと思ったからです。
元旦、私は年始めの恒例で朝早くばばちゃん(家内)と一緒に町立の温泉糸桜里の湯に行きました。私は家内を温泉において独り塔寺の心清水八幡宮と立木観音の初詣をし初撮りを楽しもうと車を温泉において徒歩で約1km程の塔寺に急ぎました。元旦の塔寺の駐車場は満杯で混雑し車の動きはとれないことを知っていたからです。
初詣を終えて晴々とした心で新年の広い浴場につかり体を洗っていたときのことです、突然に激しいめまいが襲ってきたのです。広い浴場の高い天井が地球と一緒になって時計と反対回りに激しく廻り始めたのです。私は床にしがみついて激しい嘔吐に苦しみながら耐えていました。「ばばちゃ~ん」と必死に家内を呼ぼうとしましたけれど声にはなりませんでした。
周りの方たちはすごく親切でした、たくさんの方が集まって下さりご自分のバスタオルを持ってきて私をつつみ温泉の係の人を呼んでくれました。そして係の方の適切で素早い処置で私は裸のまま毛布にくるまって救急車で病院に搬送されたのです。元日であるのに病院の救急センターの先生や看護師さんはすばやく優しく親切に処置して下さいました。私は深く感謝しながらも激しいめまいと嘔吐に苦しみながら耐えていました。
病名は「良性急性頭位めまい」という長い舌を噛むようなような名前でした。良性とあるように命に関わるようなことのない内耳の急性異常による病いで特別な治療方法もなく自然治癒を待つほかないと告げられました。三日ほどの入院で退院することが出来ました。
私は改めてたくさんの方の温かい援助や温泉の係の方の適切な処置、そして元日にもかかわらず心を尽くして処置して下さった救急車や病院の方々、そして家内や息子たちの温かい心などを思い感謝しても仕切れない気持ちでいっぱいでした。
カメラを構えて熱写されてる方は福島市からわざわざお出でになった方で楽しい時をご一緒させて頂きました。
元旦の強烈なダメージに襲われた2014年でしたけど、前半の7月までの私の2014年は元気いっぱい輝いていました。
疲れ果て、気力も体力も衰えて散歩する楽しみも、撮る喜びも、ブログに投稿しようとする意欲もすっかり消え失せてしまった私の2014年の12月でした。
2014年の私の年はいま過ぎ去ろうとしています。そしてすぐそこに2015年88歳の私の新しい年がやって来ようとしています。疲れ果てた20014年ではありましたけど、今は心を切り替えて新しい年の生き様を考え心を立て直さなければならないと今は思っています。そのためにも心静にいま過ぎ去ろうとしている20014年を振り返って見たいと思い立ちました。その中に新しい年を迎える心のなにかを見つけることが出来るかも知れないと思ったからです。
2014年元旦、それは強烈なダメージに襲われた私の元旦でした。
元旦、私は年始めの恒例で朝早くばばちゃん(家内)と一緒に町立の温泉糸桜里の湯に行きました。私は家内を温泉において独り塔寺の心清水八幡宮と立木観音の初詣をし初撮りを楽しもうと車を温泉において徒歩で約1km程の塔寺に急ぎました。元旦の塔寺の駐車場は満杯で混雑し車の動きはとれないことを知っていたからです。
初詣を終えて晴々とした心で新年の広い浴場につかり体を洗っていたときのことです、突然に激しいめまいが襲ってきたのです。広い浴場の高い天井が地球と一緒になって時計と反対回りに激しく廻り始めたのです。私は床にしがみついて激しい嘔吐に苦しみながら耐えていました。「ばばちゃ~ん」と必死に家内を呼ぼうとしましたけれど声にはなりませんでした。
周りの方たちはすごく親切でした、たくさんの方が集まって下さりご自分のバスタオルを持ってきて私をつつみ温泉の係の人を呼んでくれました。そして係の方の適切で素早い処置で私は裸のまま毛布にくるまって救急車で病院に搬送されたのです。元日であるのに病院の救急センターの先生や看護師さんはすばやく優しく親切に処置して下さいました。私は深く感謝しながらも激しいめまいと嘔吐に苦しみながら耐えていました。
病名は「良性急性頭位めまい」という長い舌を噛むようなような名前でした。良性とあるように命に関わるようなことのない内耳の急性異常による病いで特別な治療方法もなく自然治癒を待つほかないと告げられました。三日ほどの入院で退院することが出来ました。
私は改めてたくさんの方の温かい援助や温泉の係の方の適切な処置、そして元日にもかかわらず心を尽くして処置して下さった救急車や病院の方々、そして家内や息子たちの温かい心などを思い感謝しても仕切れない気持ちでいっぱいでした。
そして帰宅してPCで初詣に撮った写真のカットを見ればそれなりの写真が撮れていました。
一月14日の坂下初市の大俵引きの様子も元気にとることが出来ました。
カメラを構えて熱写されてる方は福島市からわざわざお出でになった方で楽しい時をご一緒させて頂きました。
元旦の強烈なダメージに襲われた2014年でしたけど、前半の7月までの私の2014年は元気いっぱい輝いていました。
1月15日の私の集落の歳の神のどんど焼き
毎月の町の軽トラ朝市
6月のお田植え祭りの伝統の早乙女踊り
里山の尾根道の散策
そしてきれいな山野草やチョウや蜻蛉
20014年前半の私は元気に輝いていたんです。