さんたろう日記

95歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジで楽しみながら残りの日々静かに生きようと思っています。

九十年生きし春着の裾捌き  鈴木真砂女

2016-07-30 | 日記
宇多喜代子著「俳句と歩く」の中の句です。粋ですよね、美しく生きていらっしゃいます。きれいです。

私はと言えばお恥ずかしい・・
いちばん可愛くて、いちばん美しくて、いちばん心惹く人のところに並んでそ知らぬ顔でレジをすませ、「今日はいい日でした」などと心に笑んでカートを押して自分の車にいくんです。


なになに・・ス□□イ爺いだって。いいえ純情可憐な90歳4ヶ月前の爺いです。

ごめんなさい、美しい方の美しい句のあとにお恥ずかしい無粋なことなど書いてごめんなさい。 心が痛みます、ブログの投稿などやめたほうがいいのかもしれません。ほんとにごめんなさい

会津坂下駅16時37分 高校生の駅だもん

2016-07-29 | 日記
静かですけど恋も悩みも夢もあると思うんです



上り列車がやって来ました。キハ40Dの気動車がライトをつけて警笛鳴らして奥会津只見からやってきました。奥会津只見は私の故郷です。



若者たち(高校生)がグループで、二人で、そして独りでそれぞれの姿で列車に乗り込んで行きました。



そして列車は静かに警笛を鳴らして会津若松方面に走り去って行きました



私はといえば、高い跨線橋の上から俺もあんな時代があったな~とレンズを向けてシャッター切っていました。あの頃は厳しい戦争末期の時代、毎日「海征かば水漬く屍、山征かば草産す屍大君の辺にこそ死なめ顧りみはせじ」と歌わされ俺の命はあと数年かと思い定め、そして男女席を同じゅうせず、女子とつきあうなどの惰弱で不良の行為などすれば退学と脅され、それでもなお遠く女子生徒を見れば女神のことく輝いて見え胸が苦しくなりました。それでもやっぱり若い時代は輝いていたなどと思いながら若い人達の生き生きとした姿に心が明るくなってる私でした。

美しい野の花が消えていく わびしい

2016-07-28 | 日記
教育の森の遊歩道は私の足で40分ほどの山の遊歩道です。



昨年の今頃は美しいヤマユリの花があちこちで咲いていて私の心を和ませてくれました。


 
今年もそのヤマユリの花を楽しもうと訪れてみました。なんということでしょう、ヤマユリの花はたった1輪を柴藪の中に見つけることが出来ただけで昨年あった数輪のヤマユリはすっかり消えてなくなっていました。


5年ほど昔私は旧スキー場跡の林の中で数輪のシュンランの花を見つけて写真に撮りブログに投稿しました。


次の年の春そのシュンランの花を見るのを楽しみにその場所を訪れてみました。なんということでしょうシュンランはきれいに消えていました。


一昨年尾根道できれいなリンドウの花を見つけてその美しさに感動して写真に撮りブログに投稿しました。


次の年訪れてみました、道脇のあちこちに咲いていたリンドウは消えていて数輪のみすぼらしいリンドウの花だけが咲いていました。

かつては少し海抜が高くて綺麗な水が湧いている湿原ではマルハモウセンゴケやサギソウやトキソウが咲いていましたけど、今は特別に保護されている湿原でなければ見ることが出来なくなりました。

クマガイソウやエビネは今は特別に保護されている場所でしか見ることが出来なくなっています。

かつてミズバショウの群落地の少し乾燥気味の場所にはザゼンソウがよく見られました。でも今はザゼンソウは少なくなって中々見つけられなくなりました。ザゼンソウって形はおもしろいんですけど色は暗い赤茶色で決して美しくなどありません、それに悪臭がします。ただ形がおもしろくて数が少ないということでなんでしょうか私が若かった頃私が山歩きが好きなことを見込んで見つけたら是非採ってきてくれないかとよく言われました。もちろんザゼンソウなぞ見つからないと断っていましたけど。 

栽培種の花ではなくて山野草を愛する人の気持ちは分からない訳ではありません。美しかったり珍しかったりする山野草を採取して自分のものとして鉢植えなどにして楽しみたい、その気持ちはよく分かります。事実山野草の展示会などを見るとりっぱな鉢に奥ゆかしい美しさで作られている山野草を見るとさすがと感嘆したくもなります。

しかし、美しかったり珍しかったりする山野草が姿を消していくのを見るとわびしくて小さな怒りさえ感じてしまう私です。私は美しい野の花は野にあってこそ美しい。と思うんです。美しい野の花を許可もなく掘り採るのは盗掘だと私は思うんです。盗掘採集する人を私は憎みます。山野から美しい野の花が消えていくのが侘びしくて悲しいからなんです。

久方ぶりに交わす友の言葉に心明るくなりました

2016-07-27 | 日記
緑豊かな集落に心引かれてレンズを向けていました。
樋口分という小さな集落です



「いいポイントみつかりました?」振り向くと走ってきた軽トラをとめた友の声でした。しばらくぶりの友は元気そうでした。「お元気そうで・・」お互いに二言三言笑顔で言葉を交わして分かれました。

久方ぶり友と交わす言葉に心が明るくなりました。嬉しくなりました。

愛犬の思いよみがえる遠い道

2016-07-26 | 日記


川辺に沿った道の遠くに下新田の集落が小さく見えています。この道は遠い昔愛犬マルとの懐かしい散歩道だったんです。この道の入り口まで自転車や車で来てここからはリードフリーでマルとの散歩を楽しんだのです。夏の朝など人通りなどまったくありませんでしたから・・

マルは12歳の若さで逝ってしまいました。病を得て4日ほどは昼は愛犬クリニックに入院して治療してもらい夜は自宅に帰って私と一緒に床を並べて寝ておりました。5日目の夜マルはトイレに行くといって外の8m四方ほどの自分のサークルに出て行って帰って来ませんでした。一緒に寝ていた茶の間の外にマルのサークルがあったのです。

懐中電灯で出てみるとマルは一番好きだったイヌツゲの木の下で眠るように安らかに死んでいました。私はそのイヌツゲの木の下にマルを葬ってささやかなお墓を作りました。お墓には今も綺麗な花が咲いて茶の間からまっすぐに見え、毎朝家内はマルの写真の前に線香をあげて手を合わせています。

私はマルが亡くなってからしばらくの間、マルと歩っていたこの道を大きな声でマルの名を呼びながらて独りで散歩したんです。涙が流れました10数年昔の遠い日の思い出です。