聖バレンタインの日が、なぜ愛を伝える日なのかも分からないまま、美しい冬の青空の日をゆるゆると過ごしてまいりました。
そう、昨日はボクのお休みの日。
昼と夜に、ちょっとした用事があったのですが、それ以外は比較的のんびりです。
朝は、いつもよりもずっと遅くジムに行きました。
川沿いの、「あの人」も起きあがっていて、ビニ傘を壁にして何か召し上がっていたようです。
良かった、今日も元気そうです。
朝の暖かい陽射しは、あのビニール傘を通してかなり暖かそうでした。
いつものジムも、2時間違うだけで、顔ぶれが全く変わります。
おまけにすいていて、かなりゆっくりと思い通りのトレーニングが出来ました。
「六本木で『感覚のアート展』を、新しい美術館でやっている・・・」
こんな曖昧な情報を元に、ぶらっと出かけてまいりました。
ボクは、以前六本木のすぐ近くに住んでいました。
飯倉片町という場所に・・・。
人が住むような場所ではないと思っていましたが、「やむを得ず」住んでいました。
もう30年も前ですから、当然なんですが、六本木もずいぶん変わりました。
交差点から、防衛庁の辺りを見ると・・・防衛庁ではなくそこは言わずと知れた「六本木ミッドタウン」。
その手前の路地を入ると、なんとその道は「龍土町美術館通り」なんておしゃれな名前がついていました。
たしか、元は米軍の官舎かなんかがあったと思う場所に、「国立新美術館」が聳え立っておりました。
景色が全く違います。
以前は金網で広大な敷地が仕切られていた記憶がありますが、そこはもう広々とした文化芸術のスペースです。
感覚のアート展??が何だか分からないまま、「横山大観」のチケットを売っていたので、成り行きで購入し、まずはそちらへ。
圧倒されました。
「生々流転」
横山大観の<生々流転>は、一滴の雫がやがて川となり大海に注ぎ、最後は龍となって天に昇るという水の一生を、40メートルにもおよぶ絵巻物に描いた大作です。水の流れに万物の移り変わりを見る壮大な自然観、人生観が、水墨画のさまざまな技法を駆使して描かれています。(東京国立美術館HPより)
この40メートル・・・・圧巻です。
とにかく・・・すごい・・・これ以上、言葉が出ない。
日本画、水墨画の大家・・・その程度の知識しかなくて、ふらっと入ったのですが・・・あまりの凄さに、しばし立ち尽くしました。
きっと有名な作品なんでしょうが、ボクは全く知らなかった。
作品については、何も書けません。
機会があれば、ぜひとも見て欲しい。
そして、感じて欲しい。
アートの力はほんとにすごい。
そして、人間に与えられた表現の力の壮大さに心うたれました。
六本木の町は夕日も当たらず、ビル風が吹き荒れていました。
この町に住んでいた、あの頃の、なんだかむなしい日々を思い出しました。
でも、あの頃のボクは、今の自分を・・・
こんなにたくさんの仲間や、大切な人たちと共に生きているなんて全く想像していなかった。
生々流転・・・万物は永遠に生死を繰り返し、絶えず移り変わってゆくこと。
この言葉の意味を、深く感じ入った一日でした。
そう、昨日はボクのお休みの日。
昼と夜に、ちょっとした用事があったのですが、それ以外は比較的のんびりです。
朝は、いつもよりもずっと遅くジムに行きました。
川沿いの、「あの人」も起きあがっていて、ビニ傘を壁にして何か召し上がっていたようです。
良かった、今日も元気そうです。
朝の暖かい陽射しは、あのビニール傘を通してかなり暖かそうでした。
いつものジムも、2時間違うだけで、顔ぶれが全く変わります。
おまけにすいていて、かなりゆっくりと思い通りのトレーニングが出来ました。
「六本木で『感覚のアート展』を、新しい美術館でやっている・・・」
こんな曖昧な情報を元に、ぶらっと出かけてまいりました。
ボクは、以前六本木のすぐ近くに住んでいました。
飯倉片町という場所に・・・。
人が住むような場所ではないと思っていましたが、「やむを得ず」住んでいました。
もう30年も前ですから、当然なんですが、六本木もずいぶん変わりました。
交差点から、防衛庁の辺りを見ると・・・防衛庁ではなくそこは言わずと知れた「六本木ミッドタウン」。
その手前の路地を入ると、なんとその道は「龍土町美術館通り」なんておしゃれな名前がついていました。
たしか、元は米軍の官舎かなんかがあったと思う場所に、「国立新美術館」が聳え立っておりました。
景色が全く違います。
以前は金網で広大な敷地が仕切られていた記憶がありますが、そこはもう広々とした文化芸術のスペースです。
感覚のアート展??が何だか分からないまま、「横山大観」のチケットを売っていたので、成り行きで購入し、まずはそちらへ。
圧倒されました。
「生々流転」
横山大観の<生々流転>は、一滴の雫がやがて川となり大海に注ぎ、最後は龍となって天に昇るという水の一生を、40メートルにもおよぶ絵巻物に描いた大作です。水の流れに万物の移り変わりを見る壮大な自然観、人生観が、水墨画のさまざまな技法を駆使して描かれています。(東京国立美術館HPより)
この40メートル・・・・圧巻です。
とにかく・・・すごい・・・これ以上、言葉が出ない。
日本画、水墨画の大家・・・その程度の知識しかなくて、ふらっと入ったのですが・・・あまりの凄さに、しばし立ち尽くしました。
きっと有名な作品なんでしょうが、ボクは全く知らなかった。
作品については、何も書けません。
機会があれば、ぜひとも見て欲しい。
そして、感じて欲しい。
アートの力はほんとにすごい。
そして、人間に与えられた表現の力の壮大さに心うたれました。
六本木の町は夕日も当たらず、ビル風が吹き荒れていました。
この町に住んでいた、あの頃の、なんだかむなしい日々を思い出しました。
でも、あの頃のボクは、今の自分を・・・
こんなにたくさんの仲間や、大切な人たちと共に生きているなんて全く想像していなかった。
生々流転・・・万物は永遠に生死を繰り返し、絶えず移り変わってゆくこと。
この言葉の意味を、深く感じ入った一日でした。
ほぅ
*前回の日記を見ての感想すいません。。
何年か前に、子ども未来の理事でもある「癒しの歯医者さん」・・・大野先生から、使わなくなったマウンテンバイクをいただきました。
愛車です。
だいぶ、弱ってきましたが、まだまだ行けます。
キース・リチャーズの「ロックは若さや勢いでできるかもしれないけど、結局みんなロールができないんだよ」という言葉を思い出しました。
やや強引だけど、なんとなく繋がってるような気がしなくもない。
横山大観、意外とロケンローな人だったのかなぁ?
ところで、聖バレンタインデーとは
http://gogen-allguide.com/ha/valentine.html
な日だそうです。私も知らなかった。
壮大な「Rolling」ですよね。
昨日、「徹子の部屋」に、平山郁夫画伯が出演して、横山大観について話していました。
昭和28年、まだ学生だった郁夫君は大観先生のお宅で、雑誌「LIFE」を見かけたそうです。
ボクの生まれた年です。
確かにロケンローだったかもしれない。