マイケル・ジャクソンが突然逝ってしまったとき、
まるで<天からの使者が去っていってしまったようだ>と思いました。
キラキラと輝くかぐや姫に、天からのお迎えがきたように。
そんな寂しい思いをしてるときに、天から最後の贈り物が届きました。
「ありがとう」を捧げずにはいられなかった、マイケルさん。
今回は、「さすが!」と言わずにはいられません。
再び彼の新しい映像に会えるなんて、まさしく天からの贈り物のような映画でした。
ロンドンでの公演のための練習や準備の風景を編集したみたいなものかと思ってました。
メイキングのような、撮影現場風景こぼれ話みたいなものかな?と漠然と想像してたわけです。
一言でいえば、
「完璧。なんでそんなにカッコいいの!素敵すぎる!」
でした。
元はといえば、大部分の人には無縁で、観る予定はなかったロンドン公演のリハーサル風景?
を観れるなんてすごいことだ・・・くらいの感じで席に座ったわけですが、
期待してたよりはるかによかったのです。
そう、そうでした。
彼はいつだって、期待を裏切らないというより、人々が思いもしないはるかに上のもの、
<奇跡をみせてくれる存在だった>ってことに改めて気付かされたのでした。
観てるうちに不思議な感覚に包まれていきました。
彼の、よりよいもの、さらによいものと完璧を目指す姿勢に心を打たれるのですが、
つまりなんといえばいいのでしょうか・・・
彼はコンサートを最高に成功させるために陰でしてる努力、
見せるはずではない部分を逝ってしまったことによって、はからずも観させてくれてる。
出来上がったものを観るはずだった人達は、創る過程の彼を観る事になってしまった。
だけど、そこには悲しみはなく逆に勇気や元気を与えてくれる。
なぜだろう?その不思議な感覚というのは、観客というより、
まるで一緒になって、めざしてるような気持ち、臨場感・・・
その雰囲気から来るのかも知れません。
作品はさまざまな専門スタッフやプロデューサーによって積み上げられていき、
最終的には彼のチェックで決まるのですが、その彼の一言から、
彼の求める音色や間合い・静寂・余韻を必死に読み取ろうとする真剣な空気。
その緊張感から、さらに完璧なものが創られていくのをみてると、
コンサートのスタッフも、今映画を観てる観客も一体となって、中心にいるマイケルに集中し、
その息使いまで聴こえてきそうなほど。
真っ暗な中に、そこだけ一筋の光をみてるように見入ってしまう神々しいまでのカリスマ。
あとにも先にも、こんなに一身に注目を集められる人はいない。
逸材では言い足りない、まさに奇跡の人とはマイケルのことだと思ったのでした。
あの誰も真似できない歌と踊りで、すっかり魅了しておいて、
「誰かがやるだろうって・・いったい誰がやるの?僕がやろう」
とか、
「聴こえないよ・・・僕は耳で自然に聴くように育てられたんだ」
とか、
その他、決して多くは語らないけど、
要所要所で、もう・・グッとくる、キュンとくる詩的な言葉で完全に心までとりこにします。
そして、コンサートに向かっての、真摯で前向きな姿が主題になってるとはいえ、
やはり、人それぞれホロリとする場面もあるでしょう。
私はやっぱりジャクソン・5時代の無邪気な彼が出てきたときに、
あのシャイでお茶目?な感じで、純粋な心のまま逝ってしまったんだ・・・。
とその一瞬は胸がつまりました。
そんなわけで、すっかりとりこになってしまった私は、1回目はお友達と行き、
なにを隠そう・・・その後、また1人で行ったのでした。
2週間で終わるなんて、もったいないです。
チャンスがあれば、もう1回は観たいのですが。
普段、グッズ類は買わないほうですが、限定品だとついつい。(^^;)
2回目にいった時は、マグカップもストラップも売りれてましたので、
土・日曜日には、他のものもあまり残ってないかも知れませんね。
DVDが今から楽しみです♪
☆趣味の押し付けだワン!マイコーじゃなかったマイシェル(笑)☆
追伸・エンドロールまでしっかりご覧くださいね。
そういえば、書いててふと気がついたのですが、
今まで、私が惹かれて興味を持った外国の人って、
古くはジェームス・ディーン、ジョン・エフ・ケネディ、ジョン・レノン、マイケル・ジャクソン、
なぜかそろって、Jつながり。という発見。
えっ!?
元々アメリカ人ってJが多い。ですって?
そうなんですか?
特に発見ではなかったようです。