きょう8月6日は、1945年広島へアメリカ空軍のB29爆撃機エノラ・ゲイから世界初の原子爆弾が投下され、市街は壊滅し約14万人の死者を出しました。「戦争を早く終わらせるために、原子爆弾の使用で多くの人々の命を救った」と、アメリカでは現在も語られているようです。
戦争は自国の利益を得る、あるいは守るために戦うわけで、アメリカは首都東京・あるいは大阪を全て破壊すれば再び日本は立ち上がることができなくなり、アメリカ経済の利益拡大のためには他の地域への原爆投下が戦略的に有効だったようです。
戦後の学校給食で感じたことは、戦った相手国に対して食糧難で困っている私たちに、アメリカ産小麦でできたパンと脱脂粉乳が与えられ、幼心にアメリカの国の人々は『何と心が広く、ありがたい人たちだ』と思っていました。
しかし、今 考えれば、命を救う食べ物が確保できた反面、アメリカ経済の拡大戦略であって、そのための「無条件降伏も必要だったのでは・・・」と思います。
1990年にイラクによるクウェート侵攻があり湾岸戦争になりました。今度はロシアによるウクライナへの侵攻が行われて戦争へと発展しました。侵攻する国もそれを防ごうとする国も、もっともらしい理屈を述べますが、戦争を行えば双方に正義はありません。
終戦当時のソビエトは、終戦を見越して8月8日に日ソ中立(不可侵)条約を破棄、突如ポツダム宣言に参加、自国の利益を得るために参戦して、北方領土(海産物資源)を手に入れるなど、無条件降伏した日本の領土に、正義など通用しなかったのです。
当時も今も人類の破滅に及ぶ原爆や、それに類する兵器を使用すれば、双方の国どころか、世界全体が滅びてしまうことを覚悟しなければなりません。身勝手な正義など通用するとは思えなく、広島・長崎を繰り返してはなりません。