醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  543号  白井一道

2017-10-16 11:31:54 | 日記
 
 草枕犬も時雨ゝかよるのこゑ  芭蕉


侘輔 「草枕犬も時雨ゝかよるのこゑ」。『野ざらし紀行』に載せてある句である。貞享元年、芭蕉41歳の時の句。
呑助 この句は、五八五の句ですね。
侘助 「草枕犬も時雨ゝよるのこゑ」だと五七五になっているよね。芭蕉は、なぜ破調の「草枕犬も時雨ゝかよるのこゑ」と「か」という言葉を挿入し、何を表現しようとしたのだろう。
呑助 「犬も時雨(しぐる)るか」。この言葉に秘密がありそうですね。
侘助 「犬もしぐるる」とは、変じゃない。犬がしぐれると、芭蕉は言っている。
呑助 「しぐれる」という言葉の意味は何ですか。「初冬の雨が降る」というように理解すると意味が通じないですね。
侘助 そうでしょ。だから古語辞典を引いてみたんだ。そしたら「泪がこぼれる」とか、「すーっと涙が流れる」というような意味があることを知ったんだ。そうすると「犬も泪を流している」ということになる。
呑助 なるほど、すっきりしますね。
侘助 旅の宿で冬の夜の寒さに震えていると犬の鳴き声が聞こえてきた。そうか、お前も夜の寒さに泪を流しているのか。「犬もしぐるるか」の「か」は、冬の夜の寒さに犬も泪を流しているのか」の「か」なんだ。
呑助 この「か」に芭蕉のこの句の味わいがあるということですか。
侘助 伊賀の土芳さんが芭蕉の教えをまとめた『三冊子(さんぞうし)』に「字余りの句作の味ひは、その境にいらざればいひがたしと也。(略)なくてなりがたき所を工夫して味ふべしと也」。このように芭蕉は弟子たちに教えていたようなんだ。
呑助 「犬もしぐるる夜のこゑ」では、芭蕉さんが言いたいことが言えていないということになりますね。
侘助 そう、芭蕉は犬の泣き声に深い共感を覚えている。この共感する芭蕉の気持ちを表現している言葉が「か」なんじゃないかと考えているんだけどね。
呑助 字余りの「か」に味わいがあるということですか。字余りの言葉に味わいがあれば、字余りの句でもいいということなんですか。
侘助 だから芭蕉の句にはいろいろ字余りの句があるということなんだろうね。
呑助 でも、それは句づくりに上達した人にいえることなのかもしれませんね。
侘助 多分、そうなんだろうと思う。だから私なんかが字余りの句を詠んだとすると失敗する確率が高いと思うね。
呑助 できるだけ、初心者は定型で詠んだ方が無難だということですか。
侘助 蕉風俳諧に近づいていると言われている句、「枯枝に烏のとまりけり秋の暮」を見てみると中七が九になっている。この句の場合も「烏のとまりけり」に句の味わいがあるように思う。「とまりけり」で烏は一匹なんじゃないかという想像が働くように思うからね。
呑助 字余りの言葉にその句の味わいがあると言うことなんですね。
侘助 そうなんじゃないかな。私も字余りの句が詠めるようになりたいもんだよ。
呑助 そうですか。