山賎(やまがつ)のおとがひ閉(と)づる葎(むぐら)かな 芭蕉
句郎 「山賎(やまがつ)のおとがひ閉(と)づる葎(むぐら)かな」。「甲斐山中」と前書きて、この句がある。貞享二年、芭蕉42歳。
華女 「山賎(やまがつ)」とは、何なの。
句郎 樵(きこり)のことを言うようだよ。「賎」という字は「いやしい」という意味でしょ。だから戦前までの日本社会にあっては、樵に対する偏見が強かったようだ。「山賎(やまがつ)」という言葉には差別意識があったのかもしれない。
華女 山仕事をする人を句に詠む芭蕉は近代的な詩人だったのね。
句郎 江戸時代に生きた一般庶民を句に詠んだのが芭蕉だった。口を結んだ胸板厚く背の高い男が表現されているように思うでしょ。
華女 「おとがい」って、下あごのことだったかしら。「葎(むぐら)」は高く伸びた夏の野草のことよね。
句郎 とげとげとした夏草に負けない山仕事をする逞しい男の姿を芭蕉は詠んでいる。
華女 芭蕉は人を平らに見ていた人だったのね。
句郎 身分制社会にあってこのような句を詠んだということは凄いことだと思う。
華女 芭蕉は、当時の社会にあって、山仕事をする人に対して偏見がなかったのね。だからこのような句を詠むことができたんでしようね。
句郎 ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を思い出したよ。
華女 句郎君は嫌らしい小説が好きなのね。
句郎 そう、高校生の頃、友人の一人が英語で読んで日本語に訳されていない箇所を教えてくれたことがあったよ。
華女 そこには男女関係のことが描かれていたのね。
句郎 そうなんだと思うけど、私の語学力では何が描かれたいたのか、分からなかった。ただ性描写だと言うことだけが分かった。その表現がなぜ猥褻になるのか、その理由が分からなかった。
華女 伊藤整が裁判したんでしょ。
句郎 裁判の結果がどうなったのかは知らないんだ。ただ二十数年後完訳本が発売された。英語本も買い読んでみようと努力した。その結果、分かったことがあった。
華女 何が分かったの。
句郎 私が理解したことは、貴族の所有地の森の番人をしている逞しい男を貴族の奥方が一人の男として受け入れたということをロレンスは表現したということなんだ。
華女 イギリスという国は古い古い国なのよね。21世紀になっても未だに貴族がいる社会なんでしょ。
句郎 男も女も皆、同じ人間なんだということ平民出身のロレンスは表現したに過ぎない。貴族の女が自分の家の使用人に過ぎない男を男として認め、受け入れたということを述べ、肉体労働をする男の筋肉に性的魅力があることを表現した。
華女 そのことは分かるわ。私たち高校生だったころ、人気の高かった男の子は皆、運動部の男の子だったわ。サッカーやバスケットする男の子が疾走する姿にうっとりしたものよ。凄くかっこ良かったわ。さっぱりした気性もよかったわ。白く弱々しく数学ができる男の子より遥かに魅力があったわ。
句郎 そうなんだ。ごく自然なことなんだ。