醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  552号  白井一道

2017-10-26 15:22:19 | 日記

 躑躅(つつじ)生けてその陰に干鱈(ひだら)割く女  芭蕉


句郎 「躑躅(つつじ)生けてその陰に干鱈(ひだら)割く女」。「晝の休らひとて旅店に腰をかけて」と書き詠んでいる。貞享二年、芭蕉42歳。
華女 この句、季重なりね。
句郎 「躑躅(つつじ)」と「干鱈(ひだら)」だよね。
華女 この句は、つつじを詠んでいるの、それとも干鱈を詠んでいるのかしら。どっちだと思う?
句郎 躑躅も干鱈も春の季語だよね。「躑躅(つつじ)生けて」と上五が六音になっているからね。ここにこの句の味わいがあるんじゃないのかな。だから季語は躑躅だよ。干鱈を割く召使の女を店の主は躑躅で隠そうとしているんだよ。でもスケスケに見えてしまっている。ここにこの旅店のうらぶれた姿が表現されている。そんな店先の躑躅を詠んでいるんだと思う。
華女 躑躅は『古今集』の時代から詠まれ続けて花なんでしよう。
句郎 そのようだ。「竜田川いはねのつつじ影みえてなほ水くくる春のくれなゐ」と藤原定家は詠んでいるようだ。
華女 『新続古今集』にある句ね。
句郎 「思ひ出づるときはの山の岩つつじ言はねばこそあれ恋しきものを」と、よみ人しらずの歌が『古今集』にある。
華女 岩躑躅と恋、和歌の世界ね。
句郎 沢を流れる川岸に咲く躑躅には恋の思いが籠っているのかもしれない。
華女 打ち明けられない苦しみ、それは女の苦しみよ。押さえつけられた女の痛みなのよ。
句郎 躑躅の陰に募る思いを詠んだのではなく、干鱈を割く召使の女の働く姿を芭蕉は詠んだ。
華女 そこに俳諧があるということなのね。
句郎 「春雨の柳は全体連歌也。田にし取烏は全く俳諧也」と芭蕉から教えられたと弟子の土芳は『三冊子』の中で述べている。
華女 干鱈は当時、農民や町人の食べ物だったの。
侘助 干鱈は公家や武士の食べ物ではなく、田螺と同様農民や町人が主に食べた安い干物だったようだ。
華女 木賃宿のような所で働く召使の女を詠んだところに芭蕉の手柄があるのね。
句郎 ほつれた髪の毛、日に焼けた顔、荒れ果てた手の中に生きる女の美しさを芭蕉は発見したんじゃないのかな。
華女 お化粧した白い顔、しっとりとした白い手や指。梳いた髪の毛。こうした女の美しさではなく、忙しく働く女の姿に美を見出したのね。
句郎 ここに芭蕉の近代性があるのかもしれないな。
華女 農民や町人が働く姿の美しさが近代的ということなの。
句郎 そうなんじゃないのかな。ロートレックがムーラン・ルージュのポスターにスカートをまくり上げた女を描いた。このリアリズムに近代性があるのと同じように思うんだけど。
華女 ちょっと下品なものに美しさを見るのが近代的だということなの。私は上品なものの方がいいなぁーと思っているのよ。
句郎 もちろん、下品なものは下品なものなんだ。しかし、一見下品なものだと思われているものであってもそこに真面目に生きている人間の姿があったとき、美しいと感じることがあったんじゃないのかな。

醸楽庵だより  551号  白井一道

2017-10-25 15:44:11 | 日記

 辛崎(からさき)の松は花より朧にて  芭蕉

句郎 「辛崎(からさき)の松は花より朧にて」。『野ざらし紀行』に「湖水の眺望」と書き掲載されている。貞享二年、芭蕉42歳。
華女 「辛崎の松」とは、特別な名木でもあるのかしら。
句郎 近江八景の一つに数えられている。「辛」の字が「唐」になっているが歌川広重に描かれた「唐崎の夜雨」が残っている。今も唐崎には四方八方に伸びた大木の松がある。
華女 今、句会でこの句が出されていたら私は取らないわね。
侘助 伏見西岸寺任口(にんこう)上人様より有難いお言葉を頂きたいということなんじゃないのか
句郎 何も感じないということなのかな。
華女 そうよ。琵琶湖には行ったことがあるけれども唐崎の松など見たこともないし、見たいともこの句を読んで思わないわ。
句郎 「辛崎(からさき)の松」に対する思いが我々にはないからかもしれないな。
華女 名所には、確かに季語に匹敵する連想力があるわね。唐崎の松を知らない者にとっては、想像力の働かせようがないもの。そうでしょ。
句郎 俳句を楽しむためには、知識が必要なのかもしれないな。
華女 広重の名所絵近江八景の一つ「唐崎の夜雨」を知っているだけでも芭蕉のこの句に対する理解が違ってくるように思うわ。
句郎 広重はほぼ19世紀前半に生きた人だから芭蕉より百四、五十年後の人だけれど、広重が描いた絵が当時の人々に売れたという事実は憧れの一度は行ってみたい思う名所だったんだろうね。
華女 映画「ローマの休日」を見た人が一度はトレビの泉に行ってみたいと思うような働きが広重の名所絵にはあったし、芭蕉の句にも近江八景の一つ「唐崎の松」とはどのよう松なのか、見てみたいと想像力を刺激する働きがあったんじゃないかと思うわよ。
侘助 今の我々は情報が溢れている時代だからね。動画や写真ですぐ唐崎の松も広重の絵も見ることができちゃうからね。
華女 でも芭蕉について、少しいろいろなことを知ると少し分かってくることもあるように思うわ。芭蕉は近江というか、琵琶湖の畔に対する特別な思いを持っていたのかなと思い始めているのよ。
句郎 確かに近江を詠んでいる句があるよね。
華女 「行く春や近江の人と惜しみける」なんていう有名な句があるじゃない。この句、近江の人とだから句になっているんでしょ。「上野の人」じゃ句にならないのよね。
句郎 この句には「唐崎に舟を浮べて人々春を惜しみけるに」という前詞があるよ。唐崎の松を海から眺めたことだろうね。
華女 「錠明けて月さし入れよ浮御堂」も琵琶湖なんじゃないかしら。
句郎 堅田で詠んでいるからね。
華女 「四方より花吹き入れて鳰の波」。この句も琵琶湖周辺で詠んでいるんでしょ。
句郎 「鳰の海」とは、琵琶湖のことのようだからね。芭蕉にとって琵琶湖は特別に地域だったんじゃないのかな。琵琶湖畔の膳所義仲寺に芭蕉の墓はあるようだからね。芭蕉にとって確かに琵琶湖は特別な場所であったことは確かなんじゃないのかな。
華女 辛崎の松にかかる霞は桜の花だったのよ。

醸楽庵だより  550号  白井一道

2017-10-24 12:57:38 | 日記

 わがきぬにふしみの桃の雫せよ  芭蕉


句郎 「わがきぬにふしみの桃の雫せよ」。『野ざらし紀行』に「伏見西岸寺任口(にんこう)上人に逢て」を前詞を書き、掲載されている。貞享二年、芭蕉42歳。
華女 着物に桃の雫が落ちたら、シミになるじゃない。私だったら嫌よ。
句郎 「桃の雫」は何かを象徴しているのじゃないのかな。
華女 何を意味しているのかしら。
侘助 伏見西岸寺任口(にんこう)上人様より有難いお言葉を頂きたいということなんじゃないのかな。
華女 「桃」とは、任口(にんこう)上人のことね。「雫」とは、任口(にんこう)上人のお言葉なのね。
句郎 芭蕉の任口(にんこう)上人への挨拶吟なんだと思う。
華女 今流に言えば、「ご指導ご鞭撻お願いします」と言うことなのかしらね。
句郎 将に、挨拶だよ。挨拶の手垢の付いた言葉でなく、京都伏見は桃の産地だったようだから、滴り落ちる桃の雫のように仏さまの有難いお言葉をいただけたら、幸せですという丁寧な挨拶なんじゃないのかな。ゃないのかな。
華女 俳句は挨拶そのものだったのね。
句郎 季節のもの、桃を詠んで挨拶に変える。これが俳諧の発句の在り方の一つだったんだろうね。
華女 季節性より、挨拶性を大事にしていたのね。
句郎 歌仙36句を読み継ぐにはまず発句には亭主に対する挨拶が始まりだったんじゃないのかな。
華女 「朝晩寒くなりましたね」。八百屋さんの店先でこんな挨拶を店の主とお客さんとの間で交わされた挨拶は俳句の影響なのかしら。
侘助 今じゃ、スーパーで買い物をする人が多いから、季節の言葉を使った挨拶することもなくなってきたけれどね。
華女 日本には四季があるというじゃない。だから季節の言葉を交わすことが挨拶になったのかも。
句郎 スーパーの普及は日本人から季節の言葉を失わせる働きがあるような気もするな。
華女 先日、聞いた話よ。惣菜店の奥さんが若い奥さんらしい方に「寒くなりましたね」と言ったら、「今日は寒くないですよ」と言われてしまったと笑っていましたよ。
句郎 年とともに人間関係の基本は挨拶だと思うようになったからね。
華女 若者には俳句を教えて「挨拶」の重要性を学ばせなくてはいけないわ。
句郎 そうだよね。朝、川沿いのウォーキングロードで見ず知らずの人に「おはようございます」と挨拶を交わすと気持ちいいからね。
華女 確かに、そうよ。私も高校生の頃、憧れの先生がいたのよ。だから私は元気よく、「先生お早うございます」と挨拶したことを覚えているわ。
句郎 共通する季節感というものが人と人とを結びつける役割を日本ではしているのかもしれないな。
華女 季節感を表現する言葉を発見する遊びが俳句だったのかしら。
句郎 まず、俳諧は遊びだったから、俳句には遊びの面白さがなくちゃ、人々は集まってこない。
華女 笑いね。
句郎 男の笑い、まずは下ネタが始まりだよね。談林の俳諧は下ネタから始まったみたいだからね。下品な笑いから始まった。

醸楽庵だより  549号  白井一道

2017-10-23 14:36:31 | 日記

 山路来て何やらゆかしすみれ草  芭蕉


句郎 芭蕉の句の中で華女さんが好きな句は何なの。
華女 初めて芭蕉の句を読み、いいなぁーと思った句は「山路来て何やらゆかしすみれ草」かな。
句郎 「野ざらし紀行」の中の句だったかな。
華女 そうよ。「野ざらしを心に風のしむ身かな」を巻頭に掲げて始まる紀行文よ。
句郎 深川から中山道・近江路・京都・奈良・伊賀上野を回る紀行文だね。
華女 中学生の頃、国語の先生が教えてくれたように思っているんだけど。
句郎 中学生の頃、華女さんは芭蕉の「山路来て」の句をどのように受け取ったの。
華女 里山のハイキングをしていた少年が歩き疲れ道野辺に腰を下した傍らに菫が咲いていた。その菫の花に見惚れている少年というイメージかな。
句郎 なるほどね。その色白の少年に見つめられている可憐な少女、華女さん。少年の視線を感じる。そこにこの句の魅力を感じるということかな。
華女 まぁー、そうね。可憐な美少女は私なのよ。でもね、高校に入って芭蕉を習ったのよ。その結果、イメージが狂ってきちゃったわ。
句郎 どう、違ってきちゃったの。
華女 少年が中年の小父さん、芭蕉のイメージになったのよ。国語の先生のイメージに見えてきたの。痩せて、額に皴がより、ぼそぼそと話す髪の毛が薄くなった干からびた小父さんのイメージよ。
句郎 そりゃ、残念だね。
華女 残念だったわ。そんな気持ちのまま、万葉集を習ったの。山部赤人の歌「春の野に菫採(つ)みにと来(こ)し吾ぞ野をなつかしみ一夜宿(ね)にける」を知ったわ。菫に心を奪われる青年のイメージが膨らんだのよ。菫のゆかしさに心が動く青年、いいなぁーと思った。青年の視線を感じるのよ。高校生の頃の華女はゆかしい美少女だったから。登下校の電車の中で大学生からの視線を感じたものなのよ。
句郎 へぇー。華女さんの高校生の頃の写真とやらを見てみたい。
華女 そう。いいわよ。でも見ない方がいいかもね。
句郎 どうして。
華女 どうしてもよ。本当に私が美少女だったら、句郎君、どうする。
句郎 どうもしないよ。へぇー、年月というものはなんと残酷なものだと思うかもしれないけどね。
華女 そんなつまらないこと、どうだっていいじゃない。
句郎 万葉集を習い、芭蕉の句「山路来て何やらゆかしすみれ草」の解釈が変わったの。
華女 そうなのよ。菫に心を癒される詩人・芭蕉というイメージに変わったわ。山部赤人のイメージが芭蕉の上に被さったというような感じかな。
句郎 「野ざらしを心に風のしむ身かな」。風狂に生きる芭蕉でなく、自然の中に生きる芭蕉・詩人ということかな。
華女 芭蕉は自然の中に生き、自然の中をわが住いとした優しいやさしい人だったのじゃないかしら。
句郎 僕もそう思うよ。自然の中に生きるということはとても厳しいことだから風狂に生きなければ生きられないと同時に自然と共に人に優しく生きなければ生きられない。

醸楽庵だより  548号  白井一道

2017-10-22 14:53:31 | 日記

 樫の木の花にかまはぬ姿かな  芭蕉

句郎 「樫の木の花にかまはぬ姿かな」。『野ざらし紀行』に掲載されている。京にのぼりて三井秋風が鳴滝の山荘を訪ね、詠まれた句。貞享二年、芭蕉42歳。
華女 我が家の近所に公園があるのよ。その公園にソメイヨシノが四、五十本あるかな。その公園の入り口に大きな太い欅に囲まれた農家があるわ。桜の木より十メートルくらい高い所に若葉が風に揺れている姿を芭蕉のこの句を読んで思い出したわ。
句郎 樫の木は常緑広葉樹だが、欅ほどの大木になることは無いようだ。だが高い樫の木で囲まれた農家や寺院があるね。
華女 綺麗に刈り込まれた樫の木のくねは立派よね。
侘助 この句は立派な樫の木を詠んでいるんだよね。
華女 桜の花を詠んではいないのよね。
句郎 俳句とは、季語を詠ったものなんじゃないの。
華女 俳句とは、季語を詠むものだと教えられたような気がするわ。
句郎 そうだよね。確かに芭蕉は「花」を詠んでいないよね。
華女 でも季節感は表現されているように思うわ。
句郎 樫の木の若葉が見えるよね。
華女 比較の対象として桜を詠むという方法があるんだとは、思ったわね。
句郎 この句は立派なお屋敷を称えた句だと思うよ。
華女 この句は俳諧の発句だったのね。客人の芭蕉は主人の屋敷を称える挨拶をした句が「樫の木の花にかまはぬ姿かな」だったのね。
侘助 そうなんだ。俳句とは礼法を学ぶ遊びだったのかもしれないな。
華女 なるほどね。江戸時代の農民や町人たちに俳諧という遊びか普及した理由の一つが礼法を学ぶことができるということだったのかもしれないわよ。
句郎 礼法が社会を規律した社会にあっては、礼法を弁えているということが、人間の価値を高める役割をはたしたのかもしれないなぁー。
華女 きっとそうなのよ。上層農民や豪商の町人にとって礼法は仕事上大事なことだったじゃないの。
句郎 芭蕉は武家奉公人だったから武家の礼法を弁えていたんじゃないかな。
華女 武家の礼法を思わせるような挨拶吟の句が『野ざらし紀行』にはあるんでしょ。
句郎 そうだよね。「世に匂へ梅花一枝のみそさざい」も挨拶吟だった。「梅白し昨日ふや鶴を盗まれし」なんて句も三井秋風氏への挨拶吟だからね。
華女 「樫の木の花にかまはぬ姿かな」は挨拶吟として名句ね。「世に匂へ梅花一枝のみそさざい」の挨拶吟より遥かにいいと思うわ。
句郎 軽いということなのかな。
華女 そう軽さがいいのよ。重いものは良くないわ。
句郎 軽いからこそ、話が弾むということなのかな。
華女 そうだと思うわ。女同士の話って、軽くなければ、だめね。別れた後には何も残らないような話がいいのよ。
句郎 俳句の場合は、軽くても印象にのこるような句でなくちゃ、ダメだとは思うけれど。
華女 そりゃ、そうでしょ。何しろ俳句は文学の一端ではあるんでしょ。
句郎 そう、文学になっている句もあれば、文学からは遠く離れたくもあるとは思うけど。