クラブボクシング@ゴールドジム湘南神奈川

普通、湘南辻堂といえばサーフィンなのにボクシングでひたすら汗を流すオッさん達のうだうだ話!

君こそ明日のボクサーだ!6 【我ら飽食時代を改題】

2017年09月14日 | ちっちゃいおっさん
あ、朴竜です。

私がクラブボクシングにお世話になったのが2005年10月ですから、ボクシングを始めてから一つ干支が廻ってしまいました。

この12年間、最低週二回、試合前となれば二週間は連続してジムに来るわけですから、飲み会や付き合いも含めて、ボクシングは性に合っていたんですね。

仲間やトレーナーにも恵まれて、ありがたい限りです。



ジムに入りたての私を知る仲間は多分、もう隊長とNNさんくらいしかいないかもしれませんね。

12年前にジムに入った時の動機は是即ちダイエットでした。入ジム当時体重70キロありましたよ。ぷよぷよパンパンだったもの、特に顔が。

それに比べて隊長なんかキリッとして格好良かったんだけどねー。

で、この前の日曜日のジムトレ後、体重計に載ってみたら68キロありました。あんまり変わらないじゃん!

通りで身体が重いわけです。

6月のエイワからプラス2キロ、昨年のオヤジファイトからプラス5キロですわ。

でもね、戦わない70キロと戦う身体の68キロはやっぱりウエストや太もも辺りが違ってくるんですね。

ボクササイズではなく、ボクシングは試合に出なくても基礎レッスンをきちんとすれば、必ず身体が締まります。

私なんか12年前よりだらしなく飲んでるんですよ。だって仲間が増えたもの。

でも体調はすこぶる好調です。精神的にもストレスが溜まらなくなったような気がします。

ダイエットしたい!
これが、この歳からボクシングを始める動機でいいと思います。

強くなりたいとか、そんなことは後にして、まず痩せたいと思う方には是非お勧めだな。

楽しく動いて飲んで、それが醍醐味っすかねー。


佐藤師匠リターンズ!

2017年09月14日 | あの頃 朴は若かった
それは7月下旬の猛暑のとある日。

あわてんぼうの戸高君と某証券会社の支店勉強会のために埼玉県志木市を訪れました。

勉強会は17時過ぎに終了し、直帰しても構わない時間です。

最寄りの駅は東武東上線志木駅、池袋から14番目の駅で急行だと20分と便利です。 

真っ直ぐ帰宅しては勿体ない時間です。

そこで思いつきました!

そうだ!本当に久しぶりに佐藤先輩に会いに行こう!

佐藤先輩は以前「朴はあの頃若かった」シリーズで紹介した、ヤング朴竜が大変世話になったお調子者で情に厚い先輩です。

確か先輩は大宮辺りに住んでいたはず。

年齢も6-7歳上なのでこの時間帯は自宅にいて暇を持て余しているはずです。

池袋に出てきてくれればありがたいし、大宮に来いと命令されたら直ぐにでも行くつもりで電話をしてみました。

2コールで電話に出た佐藤先輩、やっぱり暇なんだな~。

「あ、師匠!お久しぶりです。朴です。」

「おー朴ちゃん、久しぶりだね〜。どうしたの? 電話くれたりして、やっぱり俺のありがたい話を聞きたくなったのかね?」と無駄に明るいのは相変わらずです。

「どう?頑張っている? あ、シンガポールの銀行にいるの?大したもんだねぇ朴ちゃんは。

ま、俺が入社させて鍛えてあげたおかげで今の朴ちゃんだあるわけだなぁ。だから感謝しろよ。で、いくら稼いでるの?」

と軽いノリは昔のままで全く成長していないようです。

「あ、僕今志木にいるんですが、師匠これから飲みませんか?」 

「え~!! 志木にいるの? 朴ちゃんとは縁があるねぇ。俺今、志木の3つ先の鶴瀬って駅の近くの銀行の支店で働いてるんだよ~。」

「あ、そうなんですかぁ。投信でも売ってるんですか?師匠、全く勉強しないし、適当だからお客さんに迷惑かけてるんじゃないですか?相変わらず。」

「うるさいねぇ、相変わらず朴ちゃんは〜。ま、その通りで適当に客騙してやってますよ。ギャハハハハ〜。ま、証券会社の客に比べたら銀行の客は騙しやすいよ。素直だしね。で、なんだっけ話は?」

「いや師匠、だから飲みに行きませんか?」

「え?これから?何?高給取りが奢ってくれるってわけですか?」

「いいっすよ。久々ですから。」

「いや~朴ちゃん、良い心がけだね~。さすがに俺が育てただけあって、立派な男になったなぁ。」 

「じゃあ、行きますか?」

「ごめん、今日は無理なんだわ。今日は娘のとこにいって孫たちと飯食うのよ。ほら、上の娘の雅美いるでしょ?あれもうふたりの子持ちで幸せそうなのよ。孫も俺に似ていい顔してるしね。」

「そうですかぁ。雅美ちゃんしあわせそうですね。よかったっす!」

「そうなんだよな。よかったよ。そう言えば、かみさんが死んだときもつらく悲しい思いさせたしなあ・・・・かみさん死んだの発見した時の雅美は3歳だったしなー。」としみじみ語り出す佐藤先輩。

私も当時を思い出して泣きたい気分。

結局、またすぐに会おうということで電話を切りました。

師匠に初めて会ったのは朴竜22歳の時。

あれから33年経ってもいまだにこうやって話せる先輩がいることに心から感謝しています。

師匠、ありがとうございます。