人生訓読 ブログ(日本語)

神様と真の御父母様を中心に全世界で御旨を歩む兄弟姉妹達と全ての人々の幸福の為にこのブログを捧げます。

父の祈り(求める祈り)2-2

2022年10月15日 15時48分29秒 | 学習
21

私達は
御言葉のお父様を信じたいのではなく、
歴史的な理念を結んでこられた
お父様を信じたいのでございます。

今日の私達と直接的な関係、
直接的な絆を結ぶこともできるお父様、
直接的に御言葉を下さることのできるお父様を要求しております。

今日人類は
神様を対象的な存在として信じておりますが
今日、私達はそのような信仰の対象として追求する神様であることを要求はしてはおりません。
生活的で実証的な主体としておられる神様を願っておりますし、
私達の事情や生活のあらゆる事実と通じることができ、
別々になろうとしてしてもなることができず、
時間と時間を共にできる
お父様を待ち望んでおります。

こんな因縁が地上になされる一時は
人類の願う時間であると同時に神様の願う時間でございます。

今日私達は
お父様が望まれる所願の園が
観念的に何か理想の園のであろうと思って米まくりましたが、
実状はそうではありませんでした。

私達の心に染み込み、
実践を通して感じ、
現実の私自体を通して感じられ、
私の感情を通して歌うことのできる
そんな天国観念を持つべき時になったと言う事実を知っております。

そんな関係とそんな絆を結ぶためと言うのが、
救いの摂理の目的であり、
復帰歴史の目的であり、
十字架の救いの目的であったと言うことを
私達は知っております。

ですから今日は私たちが
「真実の父」と言うことができ、
「真実の息子・娘」と自認し自ら決定しても
恥ずかしさを覚えない位置で
歌うことができ、
楽しむことができ、
話が聞けますようお許し下さいませ。

すべての祈りを主の御名を通してお捧げ申し上げます。
アーメン
1959.8.30



22

お父様!
この時間をあなたが格別に記憶してください。

数多くの人間に祝福をしてくださり、
その中でもあなたの御名を呼ぶ数多くの教団の上に
祝福をしてください。


さらにあなたの心情をかき抱き、追い込まれた者達を祝福してくださり、血と汗と涙を意に介さず、天の生きた供え物として捧げられるためすべてを捨てて立ち上がった者達の上に祝福をしてくださいませ。


あなたが彼らと共に成してくださることを信じ、
彼らと共に闘ってくださることを信じております。


お父様!

私達の心はどこの誰よりもどの民族よりもいかなる信者よりももっと言ってもっとあなたのために行きたいし、ご奉公したいし、あなたの膝元であなたと共にすべてをすべての闘いを行いたいのでございます。


数多くの民族の中から召命してくださったこの民族でありましたし、数多くの信徒の中から召命してくださった息子・娘でありますからこの者達の心を頼もしくご覧くださり、訪ねてくださらんことを敢えてお願い申し上げます。


来たれと言われるあなたの命令を私達は知りましたし、この道を開拓せよと何度も私達に押し付ける御意もわかりました。


失望するときは勧告してくださり、
悲しい立花時は「私がここにいる」とおっしゃりながら
慰めてくださったあなたであることがわかりました。


過去にもそうであり、この時間にもそうであり、明日もそうであろうと存じております。


安楽な立場ではあなたと因縁を結ぶことができず、平坦な道ではあなたに会えないことがわかりました。
これは今だにあなたが安楽な立場にいることができない所以であり、平坦な道をいけない所以であることを知っております。


お父様の悲しみを自分の悲しみとして耐えようとしお父様の苦痛の道を代わりに歩もうとする者であればこそ、あなたが直々に相対でき、自然な心情の基台にてあなたの事情をありのままに吐露できると言う事を私達は学び、悟り、体験いたしました。


またこれが最も尊いと言うことがわかりました。


孤独な道を行くあなたの歩みに
従う者達も寂しい者たちでございます。


あなたがそうであられる故に、そのような立場にいる者達を世話がなさろうと
昼夜も意に介さないと言うことを知っておりますから、この時間にも
同じ事情と
同じ心情と
同じ望みを持って
一つのみ旨のために団結しているあなたの息子・娘の上に
直々に保護のみ手を伸べさせてくださり
等しい恵みを持って
慰安の本拠へと移してくださらんことを
切に願いながら、
すべての祈りを主の御名を通しておささげ申し上げます。


アーメン
1960.11.6



23

お父様!
あなたが堕落した人間を見捨て給わず、
再び取り戻すため6000年間苦労なさった実績と
哀れみの心情があることを知っているが故に
私達はあなたの御前にひれ伏す心を持って参りました。


お父様が私達を見捨てられない心、私達を求め彷徨しなければならない
切なる心情を持っておられることをお知り、このように私達はこの様にあなたの御前に出てあなたを「お父様」と呼んでおります。
容認してくださいませ。


私達は、心情の通じえる永遠なる息子・娘を願っておられたお父様のその御心情の前に足らなくはありますが、心だけはお父様をしたい求めていると言うことを記憶してください。


あなたの性相に接したい切なる本然の心情が私達の心にあることをご覧になり、哀れんでくださらんことをお父様、切にお願い申し上げます。


お父様!
あなたの聖なる創造本然の世界を慕うべきこの場が悲しい話となり、またあなたの御前に面貌の表せない足らなき自我であることを正直に告白せざるを得ない場となりましたことをこの上なく嘆かわしく思わざるをえません。


今歴史の背後にある全ての痕跡を数えてみるときに、私達は悲しみの実体であり神様の御前に勝手に行動していた哀れな存在であったことがわかりました。


一時としてあなたの心情の前に栄光の対象体として現れ、万宇宙を代身しお父様の栄光を称え得る先祖の後孫となり得なかったことを、私達は心痛く思わざるをえません。


先祖達の罪をお許しくださり、現在の人類の不祥事をお許しくださり、後孫達の前に永遠なる福地の基盤を築いてあげるべき使命のわからなきことをお許し下さいますよう、切にお願い申し上げます。


お父様は今まで苦労してこられました。


私達は原理を通して私達のお父様は悲しいお父様であり、私達のみ旨は悲しみ旨であり、私達の歴史は無念な歴史であり、私達の生活はサタンの審判を受ける生活であることがわかりました。


このようにいまだに、恨みを生活環境の中で身悶えする私たちであることを考えてみる時、お父様の御前に立つ面目がございません。


サタンの権限がこの地に残っており、
不義なる環境がこの地に残っており、
悪なる主権が全天宙を主管し、
天の悲しみを煽っている現実を見つめるこの時に、
天を求め行く私達、
お父様の願いを讃え、
お父様の御名を呼んでいる私たち、
自分の足らなさを体恤し、あなたの前に哀訴をしなければならない立場にある私達をさらにまたあわれんでくださいませ。


お父様の力でなく、お父様の方でなければ今日この悪なる地上に自分の実体を残すことができませんし、摂理のみ旨の前に何も残し得ない足らなき自分達でございます。


このような自らである事を現れた事実から見て私達自身も如実にわかっておりますから、もう一度哀れみの心を加えてくださり、記憶して下さいませ。


私達の不信を叱って忠孝の道に相対せるように勧告してくださり、私達の不完全さを補って、完全に達しえる力を加えて下さらんことを
切に請い願いながら、主の御名を通してお祈り申し上げます。

アーメン
1963.5.22


24


慈悲深きお父様!
あなたの望みと御意を天地の上に叶えてください。


数多の人間がお父様の懐を離れ今まで親不孝を続けており、
今日もその環境から脱しえぬまま死亡の谷間で呻吟している姿を毎日のように見て、悲しみを覚える環境に私たちが置かれていることを思う時、
お父様の御前に顔向けができずなんら言うこともできない自分であることを
自覚させてください。


お父様!


あなたは数多くの人類を抱きあなたの子女だと命名できる喜びの一日を目指しつつ今まで摂理してこられましたが、
今日この地上にはあなたの愛に対応できる子女達が限りなく少なく、
あなたの前に忠誠を尽くし、あなたの復帰摂理全体を相続するものがございません。


このようなことを考えますとき、
今日もお父様の悲しい路程が私達の前に残っていることを悟らされるものでございます。


ですからこの時間、私達が再び自責して歩まなければならぬ自らであることを発見させてください。


悪なる凄惨な世の中を、荒廃したこの地上から、お父様の摂理のみ旨を新しい方向へと経由させながらお父様の御意の世界へと必ず導き出すことが、お父様の望みであると同時に、地上に住む全人類の望みであることを知っております。


お父様とこの地上の全人類が一つとなりえる基準を模索せずしては、この全体のみ旨と使命を完結できないと言うこともわかっております。


お父様が今日私達を前に立て、この民族の前に新しい宗教の道を開拓させ、
世界路程の前に新しい歴史的な面を提示し、人生の過去と現在と未来を連結させんがため、
平面図上の世界的なすべての蕩減条件を立てようとなさるあなたの労苦と心労の前に、体をかがめ心苦しさを覚え得るる私達とならせてくださらんことを切にお願いしながら、主の御名を通してお祈り申し上げます。

アーメン
1965.10.17


25


万宇宙を作られたお父様!
あなたの栄光をすべての万物と分かち合えるその一日を
あなたはどれほど切に願っておられたかを
この時間、私達に心深く悟らせて下さいませ。


アダムとエバを創造なさり彼らをお父様の懐で育てられ、
永遠なる愛の生活をさせることによって人類の福地を建設しようとなさり、育ちゆくアダムとエバを通して、喜びを享受しようとなさったお父様であることを、今一度悟らされるものでございます。
そのような切なる望みをもたれたお父様が、アダムとエバを失い、悲しみの一日を迎えるようになったと言う事実を、私たちはこの時間、今一度悟らなければなりません。


お父様!
この地には国々も多く、民族もたくさんございます。
それは過ぎし日のそれぞれの歴史を異にし、
現実の生活環境を異にし、望みも異にしております。


これはお父様が本来経綸なさったみ旨と相反したものであることを、今一度考えてみますときに、
歴史が異なることがお父様の恨であり、
環境が異なることがお父様の恨であり、
望みが異なることがお父様の恨である事を悟らされるものでございます。

このようなことを考えます時
お父様!
これが堕落の報いであることを知っております。

過去がお父様によらなければならず、
現在がお父様によらなければならず、
未来がお父様の理念と因縁をを結ばなければなりませんが、
今日人類は一つの因縁を持ちえず、
一つの生活環境と一つの理念的な土台を持ち得ず、
悲惨な現実に置かれております。


このような混乱した立場で、
方向のひっくり返った立場で、
自己の位置が互いに相反する、そんな立場で生きている、全人類の呻吟の声と凄まじい泣き叫びを私たちに今一度心から聞かしめて下さり、
お父様の心情と共に考えることができ、
お父様の心情を感じながら、
過ぎしの過ちを悟らしめてください。

お父様!

真に悔い改めの涙を流しながら、この人類に幸福なる望みを持たせてくださいと哀願するあなたの息子・娘がいなければなりません。
しかし、そうし成し得なかったことを感じれば感じるほど、お父様の御前に頭を上げることができません。


今日、数多くの宗教と数多くの教団が一つの目的に向かって進んでおりますが、あなたがいかねばならないその悲しみの道をめぐって人類が受けなければならない凄惨な審判の悲しみをめぐってお父様の御前に謙遜にひれ伏し、涙する群れが多くないことを知っております。


今日ここに集ったこの哀れな群れは悲痛なる道を貫いて参りました。
あなたの仰せになった命令を抱いて、この日まで戦い抜き、疲れた足を引きずって今日この場に残ったあなたの息子・娘でございますから記憶してくださいませ。


すべての祈りを主の御名を通しておささげ申し上げます。

アーメン。
1966.1.2


26


遥かなる歴史的な週末が私達を呼んでいることに気づきませんでしたし、
神様が私たちを高々と立てながら、私達の行くべき道を促していたことにも気づきませんでした。


お父様!
このように無知なる私たちが脇道にそれる度、前方の道に導き、歴史の週末時期である今日まで導くのに、どれほど多くのご苦労なさったかを、今一度感じさせられるものでございます。


お父様!


私達の心はどこに宿ろうとしているのでしょうか。
また私達の体はどこに留まろうとしているのでしょうか。
私達の心と体が宿るべきところは、本前なる深きお父様の愛の中心であるとわかりましたから、その御座まで行きえない多くの子女達を、お父様、激励してくださいませ。


お父様の愛がないならば、私達は安息することができませんし、お父様の愛がないならば、私達はお父様の心情を感じることができませんから、欠乏した私達の心にお父様の愛の波を注いでくださり、再生の恵みを呼び起こして下さいませ。


私達がその御座を慕うには、目がしびれるほどに慕わなければなりませんし、
その御座を思慕するには、心が痛くなるほど思慕しなければなりません。


またその御座を求めるには過酷な闘争をしなければならず、千回万回滅び倒れて敗者の悲痛に見舞われても、またもや再起し、戦い行かねばならないのが私たちの義務であると存じておりますから


お父様!


私たちの心と体を直々に指揮してくださり、この戦いにおいて敗北者と鳴らせないでくださいませ。


すべての祈りを真の御父母様の御名を通しておささげ申し上げます。
アーメン
1967.5.28




27

あなたが行けと言われる道がどんなに険しいとしても私達はついてきた荷歩みを踏み外さないとお誓いいたします。


この道で被る迫害がどんなに死の行き交うものだとしても、私達は既に行きた供え物になると捧げた身ですから安らかに供え物として形させてください。
あなたはこの死亡世界の中にあなたの懐に絆を結べる命の礎が築かれることを願っておられると言うことを知りました。


私達が必ずその命の礎を築いてみせます。


お父様!

私達はお父様をお慕い申し上げます。

無尽蔵にお慕い申し上げます。
お父様とともに永遠に暮らしたいし、お父様とともに相談し、お父様の仰せに従いながら暮らしたいのでございます。
これが私達の願いでございます

人類が堕落したその日から、私たちの存在は一日としてお父様の愛の懐に抱かれることなく生きて参りました。


人類が今日まで恨の峠と峠で一日一日凄惨な涙の歴史を綴ってきたことを私達は知っておりますから、このような歴史を再び元返して望みの基準を復帰せんと言う心情を抱き、私達を訪ねてこられるお父様に取りすがり、苦楽を共にできる真の息子・娘とならしめてください。
切にお願い申し上げます。


お父様!


この場を炎のように燃える目で見極め、死亡と罪悪の苦々しい根が私達の心の奥底に残らないようにしてください。


炎のように燃える目で見極め、私達が今日この時間、あらゆる最悪の根を抜き取って、お父様の御前に帰一できるようにしてくださり、謙遜にひれ伏しましたから運行なさって下さいませ。


切にお願い申し上げます。


数多くの民族を代身して、この民族が愛を受けなければなりませんし、
数多くの民族のために、お父様が下さった使命を私たちが果たさなければなりません。


任せてくださった責任を果たす中、最後の戦いで生き残る勇士となって、勝利の凱歌をお父様の御前に歌って差し上げ、最後の栄光の御座に入れる群れとならなければなりませんから、お父様が直接に同行し、主管してくださり、仰せになり、統率してくださいませ。
すべての祈りを真の父母の御名を通しておささげ申し上げます。

アーメン。
1968.3.31



28

お父様!
私達は幼児にならなければなりません。
お腹が空けばお腹がすいたとお父様の御前にねだる幼児にならなければなりません。


幼児には母を敬慕する切迫した渇望がございます。


幼児は天真爛漫でございます。
育てれば育てるほど心を込めて抱いて育めば育むほど父母のその基準に応じて育ちます。


お父様!
ここに集ったあなたの子女達を重ね重ね恐縮してくださいませ。


千体万象の事情を抱えてきたこの者たちがその事情を全て吐き出せば、お父様が動かずにはいられないことを知っておりますから、全てを吐き出し、飢えた幼児が母の乳を恋しがる如く、お父様を請い慕う心を持たせてください。


ここに誰が師となりましょうか。
この者達は人間の言葉を願っておりません。


今まで多くの言葉を聞いてみましたし、
多くの教会に通ってみましたし
多くの人に会ってみました。
しかしその中に命の蜜がなく、命の乳がなかった故に
この者達の心は枯渇しておりました。


疲弊した状態で拠り所もなく、荒野のような凄惨な立場におりますから
お父様!
この者達を集めてくださいませ。


己の事情は全て差し置き、お父様の事情を中心とした命のみ言葉と、命の因縁を中心としてもつれ合う命のうねる再創造の薬事が起こらなければなりません。


「私」をお父様の御前に立たせる準備をなしえませんでした。
しかし私の全部をお父様の御前に捧げ、お父様から始る「私」を求めなければなりません。


お父様から始めようとする心の姿勢を持たなければなりません。
お父様から始める真の姿を整えなければなりませんから、じきじきにともに成してくださらんことを切にお願い申し上げます。


一週間の間に傷ついた心を持ってここに参りましたから

お父様!

慰労してくださり傷に薬を塗り油を塗って下さいまして、愛で抱いてくださらんことを切にお願い申し上げます。


そうして寂しく凄惨でみすぼらしいこのものたちに、お父様の宮で衣を着替え安息しえる御座を賜ってください。


溢れる愛の糧を備え、自らお父様を訪ねゆく姿をお父様はどれほど待ち望んでおられたことでしょうか。


この者達もそんな立場を待ち望んでおりますから
許諾してくださらんことを切にこい願いながら
すべての祈りを真の父母の御名を通しておささげ申し上げます。


アーメン。
1968.3.31


29


この時間取るに足らない少数の群れがお父様の御前に集まりました。
私たちの体と心は世の中と和しやすい条件を持ち、お父様とは遠い距離に立つしかない因縁を抱いたままひれ伏しましたから、お父様分離させて下さいませ。


傷が酷ければその傷にあなたの哀れみが及ぶようにしてくださり、あなたの御前に正すべき形を正しえない姿をご覧になり、私達を慰めてくださらんことを切にお願い申し上げます。


一つとしてお父様の御前に公開できない不備で面目ない自らであることに、
悲しみ嘆き得る心を持たしめてください。

深い心性にあなたを敬慕する心を芽生えさせてくださり、本然のエデンの園で呼んでいたお父様の御声を聞き、私達の先祖たちが感じ得なかったお父様の尊さを感じさせてください。

お父様の心の中にある私達を抱きたい愛と慕わしい心情をかき分けながら、そこに抱かれることのできる天真で純真なあなたの息子・娘とならしめてください。


あなたの心の中で私達があなたと切るに切れない血族であることをお感じになり、会いたい心を抑えきれずに私達を抱かずにはいられず、尋ねずにはいられないようになってくださることを切にお願い申し上げます。

お父様!

私達は「お父様!」と呼びますときに、骨肉に染み入る親の心から絞り出る声を持って呼ぶことが出来ませんでしたし、そのような感情と一致した場でお父様にすがろうと馳せて行く一時を持つことができませんでした。

このようにお父様がはっきりと知ることができませんでしたから、お父様をはっきり認識させてくださり、お父様の御手と裾をつかみ、永遠に離しませんと切に募る心で身悶えする私たちの姿となさしめてください。

そのような立場で「お父様!」と呼びそのような立場でお父様にすがり、
事情を訴えることのできる私達とならしめてくださらんことを切にこい願いつつ、すべての祈りを真の御父母様の御名を通してお祈り申し上げます。

アーメン。
1968.6.9


30


お父様!
この場をお父様の心と一つになる至聖所となさしめて下さいませ。

お父様の心情に接し、
お父様の事情に涙ぐみ、
お父様の願いに和し、
あなただけの主管できる
聖なる場となさしめてください。

人間的な私事を除去してください。

堕落の後孫として生まれ、自分なりの仮面を被り、自分なりの主義主張を持って、お父様の御前に現れるあらゆる与件を除去してください。

幼児のような謙遜な心、空腹な赤子が母の父を思慕する如く私達の心に果てしなく思慕する心情、限りなく敬慕の心情が完全にそのもの自体一つとなり、お父様の心の奥深く吸収され、入っていけるようにしてくださらんことを切にお願い申し上げます。

私達の置かれている有様は、親をなくした幼児のごとく凄惨で哀れだと言うことをはっきりと知り、母と父に向かって泣き叫ぶ哀切なる絶叫を私達の心の中から爆発させてください。


この環境を退けるため、体に傷を打ったことも忘れ、じたばたしながら父母を恋しがる哀切の事情に徹し得る心を持ち、お父様の息子・娘であることを自ら証しえる姿とならしめてくださらんことを、お父様、切にお願い申し上げます。

お父様がこのような姿を見て、駆け寄って抱きながら、「わが息子!我が娘!」とおっしゃり、首を寄せ合い涙ながら抱きしめていただける、そのような絆を慕い求めるあなたの子女達とならしめてくださらんことをお父様、切にお願い申し上げます。


私達がこの場に参りましたのは、この世の中のものを求めるためではなく、
高く貴きあなたと共に永遠に残りえる天の定めた絆が恋しくて参ったのでございます。

私達はここに何かの事情の根を植え込み、残らんがために参ったのではなく、
天の定めた絆と事情を中心として、抜くにぬき得ず、お父様と切るに切れない永遠なる根の絆を追求するために参ったのでございます。

あなたが動じる時動じ、静ずる時静ずる自分自体となるために参りましたから、どうかあなたは根となられ、私達は幹や枝や葉とならせて下さいまして、万国を蘇生させることのできる、お父様の力と動力と脈拍を代身する子女達とならせてくださらんことを、
お父様、
切にお願い申し上げます。


どこの誰が何と言いましても、父と母の懐に抱かれた子供達は幸福なものであることを知っております。
いかに周囲の環境が殺伐とし、いかに死の峻嶺で一日一日を生活するとしましても、父母の懐に抱かれて眠る幼な児は平和の心情を覚えることを知りました。


悪なる世、混乱した世、死亡の波打つ世の中に生きる私達は、お父様の御前に行くにも行けない身ではありましたが、お父様の懐に抱かれる時間だけでも、情景し、敬慕し、思慕いたしまして、熱意を持ってお父様の御前に参りましたから、仰せになってくださること切に恋願いながら、このすべての祈りを真の父母の御名を通しておささげ申し上げます。

アーメン。
1968.11.17

31


お父様!
私達の心と体には私たち自身の力ではどうにもならないzaiaku罪悪の根が残っていると言うことをはっきりわからしめて下さい。


このような自分自身でありましたし、過去から今まで何らかの事々を経てきた自らであると言うことを悟り、今日の「私」をもう一度革命できる刺激的な原動力が必要であると言うことを切に感じさせてください。


今日の「私」を除去し、明日の新しい「私」を作り得る自らを再び築かない限り、
自分自身は善なるみ旨と善なる歴史路程に残るなんらの存在にもなり得ないと言うことを、はっきりわからしめてくださらんことを切にお願い申し上げます。


流れ行く波とともに、自分自身の一生も流れさえらせてしまう哀れな人とならせないでくださり、
その波に逆らい上がっていかなければならない善なる目的が私達に残っていることを私達にはっきりわからしめてください。


歴史過程を通して見る時、天の御旨は歴史とともに除去され進んでいくものではなく、歴史を収拾し歴史をつき上がっていったと言うことをよく知っておりますし、そのような行路でのみ、お父様が私達と同役同事されたと言う事実を私達はよく知っております。


今日この時間
私自身がいかなる立場にあるのかを今一度考え、
お父様の通告を受ける得る立場に
立たせてくださらんことを切にお願い申し上げます。


お父様は善なる事と永遠にともにあり
絶対に悪を同参させないと言うことを私たちに完全にわからせてください。


善と共に対をなし善とともに動じながら、
善と共に成就しえる一つのみ旨を望みつつ歩んでこられたあなたである故、
例えわが身は除去されても、心だけは善と共に永遠にある自らとならなければならないことをこの時間お父様の御前で感じさせてください。


そして心が志向し命ずるままに体を屈伏させて司り、永遠なるお父様の御旨の前に一致できる自我の心となり、その心に通じる体となれますよう、お許しくださることを切にお願い申し上げます。


そのようになり得る私自身を今一度念願し、
そのようになり得る私自身を今一度収拾し、
そのようになり得る私自身の決意を今一度固めんがため参席する
この時間となさしめてくださらんことを切に願いなから、
すべての祈りを真の御父母様の御名を通しておささげ申し上げます。
アーメン。
1969.6.22



32

お父様!
今日この朝、
孤独な群れがあなたの御前に集まりました。


私自身がいかなる立場にあるのかを、自ら見極めなければなりません。


私は誰によってこの時間ここに参り、いかなる絆を結ぶためにこの場に来ているのかをはっきり悟らなければなりません。


世の中がいくら悪なるものであり、世の中がいくら醜いとしても、自ら置かれた立場を完全に究明しお父様との関係を完全に決定付け、生涯路程で忘れえぬ絆を結ばなければなりません。


そのような人があると言うならば、その人が結んだ絆はこの世の何よりも大きなものであり、何よりも貴きものであることを私たちは知らなければなりません。


心からほとばしるお父様に向かう恋しさ、自ら天をしたい求める敬慕の心情、
これが歴史の流れをさかのぼる原動力であり、死亡の波を振り踏み越えられる勝利の盾であることをわからせてください。


心から身をもって称揚し、証しの実態として生き得る、そんな人間がどれほど尊いかと言うことを感じ取れる真なる愛の姿とならなければなりません。


今私達自身を一つ一つ分析することにおきまして、私の顔は誰のために備わっているのかを考えなければなりません。


私の目は何を見ており、私の耳は何に向かって傾けられており、私の口と私の鼻は何を味わい何の匂いを嗅ぐためにあり、
また私の手足はどこの誰に何を奉仕するためにあるのかを考えなければなりません。


真に天と一致しえる私の全体像を整え、お父様をしたい、お父様にご奉公し、お父様に忠誠を尽くす自らとなるべきであったにもかかわらず、悲痛な立場でお父様と事情の通じる心を持った一時が私達に無かったことを嘆くべき自らであると深く深く悟らせてください。


私達はこの地上で生きるとしても70年80年または100年以内の限られた生活圏内で生きては土に埋められてしまう姿でございます。


地上での姿がいくら立派に見えたとしても、自分からは何ら結果を作り得ないことを知らなければなりませんし、この地で実績だけを持って生活的な環境を築いていくことがどれほど無意味であるかを知らなければなりません。


私が生まれて生きながら、私の四肢百体がお父様によるものであることをはっきりと知り、天のみを拠り所として歩みゆく姿、困難なことがあっても自ら責任を負い、決死的な姿勢で、千体万象の困難をかき分けながら、お父様の御旨にしたがい、お父様の恨を解くため歩みゆく姿がどれほど価値があるのかを私達は知らなければなりません。


そのように成し得る立場で、悲しいときお父様との絆を考えることもできる、私達自身となり、嬉しい時お父様に感謝できる自らの姿を備えなければなりません。


そして追いに追い込まれたこの歴史を代身し、すべての困難を踏みしめてこられた生きたお父様がおられると、今この時間も休まずに私達を救わんがため善の基準を求めているお父様がおられると、全天地が感動しえるほどに、号泣し、訴える真の人間とならなければなりません。


しかし誰としてそんな立場を体恤し得なかったことを思うたびに、お父様の恩寵を受けたいと思いますし、お父様の中で恵の人生を送ることができ、信頼されることを私達は待ち望んでおります。


お父様!
このような私達はあなたの絆を必要とし、あなたの経綸を必要としておりますから、どうかあなたの命の栄光だけが私たちの心の奥底でほとばしれるようにして下さいませ。

真の御父母様の御名を通してお祈り申し上げます。

アーメン
1969.11.2



33 ☆

私達はお父様を観念的に考えてはなりません。

私達がお父様の実態の実存とみなしながら、生活のあらゆる面で絶対的な主体として使えなければならないと言うことをはっきりわからしめてください。


お父様は、遠い相対の世界におられたのではございませんでした。


私達の心の中心におられ、私達の体を取り巻いておられました。


私達の周りに空気があっても、あるかないかわからないように、お父様が私達の生涯全体を覆っておられるのに、気づかなかったと言うことを私達が悟らなければなりません。


私達を包むその力を受けるときには、
無限なる力がそこに動じるのであり、その力を吸収するとなれば永遠なる力によって私達に新しい衝撃と、新しい刺激を下さることを知っております。


このようにいつも近くに居られて、命を吹き込んでくださり、私達を満たしてくださるお父様の実存を、体得できる息子・娘とならなければなりません。


そのような立場でお父様の子女として成長し、そのような立場でお父様とともに生涯路程を相談できる人が、どれほど尊い人であるかを私達は悟らなければなりません。


この地上で数多の人が、天運を望み一身の黎明を望んでおりますが、彼らはある相対的な距離を置いて望んでいると言うことを私達は知っております。


しかし私達は彼らとは異なり、最も近い立場において、生涯のあらゆる権限も命の中心であられるお父様から始まり、あらゆる栄光もしたい仰ぐ中心であられるお父様から始まると言うことをはっきりとわからせてください。


そのためにはお父様が私達の心の奥に共におられ、そばにおられまして、私達の一切を主管することで、私達の命の原動力となり、すべての感情の源とならなければならないと言う事実を私達は悟らなければなりません。


そのような立場で、広く深く高く尊く無限なる価値の主体であられるお父様に使えることもできる子女がいかに尊く、その価値がいかに大きいものであるかを私達にわからせてくださり、その価値基準を千万回、あるいは億万回証明していく時、天地を主管でき、天のすべての内容を吸収できる、自体的な権限が成立すると言う事実を私達にわからせて下さいませ。


真の御父母様の御名を通してお祈り申し上げます。


アーメン。
1969.11.23



34


お父様!
天国は永遠なところですが、
その天国に入ることができるかと言う事は、地上の人間自らが努力し行った事、さらにその心情が問題であると言う事実を、私たちは歴史過程を見て、信仰生活を通してはっきり知っております。


み旨を知ってからの身で、
御旨に向かっていくべき歩みになり得ないのではないかと自ら気遣いながら、
一日一日を、天と共に生きざるを得ず、
地と共に生きざるを得ない私達でございます。


しかしながらお父様はこのような私たちの心を通して、
生活の中に現れようとなさることを私たちはよく知っております。


そうであるが故に善と悪は私たち自身の中で、
判決されると言う事実を知らなければなりません。


このように侘しい人生行路に沿って、
なんらかを展望しつつ超え行く私達におきまして、
お父様を除いては望を持ち得ない堕落の後孫であることを自認せざるをえません。


そのような私たちにおきまして、
天だけが善であり、天だけが全体とならざるを得ないと言う事実を知り、天とともに生き、天と共に死することのできる、そのような勇気を持つと言うことがどれほど甲斐のあることであり、どれほど人間らしい姿であるかを評価し、反省してみるこの時間とならしめてください。


歴史過程において、善なる人として、偉人と言う名を残し、聖賢と言う名を残した人々は、人の世に置いて一個人としての生活目標がただひたすら人類と共に生きることであり、お父様と共に生きることであったゆえに、彼らの名が尊く残ったことを知っております。


彼らはあらゆる世界人とともに神様と共に生きるための生涯路程に置いて疲れ果てず、はじめとともに終わりを立派に締めくくるため、無限なる闘争の路程を歩んでいったと言うことを私たちは知っております。


歴史路程に来ては逝った数多くの人々もそうであったのに、今日歴史の総決算をすべき復帰摂理の責任をになった天の息子・娘と言う名を持つ私達が、いかに歩んでいくべきかと言う事は、既に決定された事実であることをわからしめてください。


お父様がこのように私達を召されたのは私達自身が適っているからではなく、背後に置いて、歴史前からお父様が所願の創造理念をうち立てるために、堕落以降、恨多き6千年の開拓路程を通し、所願の実体としてお呼びになった故と存じております。


このような私達であることを思います時、
恨めしい復帰の心情をもたれたお父様の寂しさと凄惨さを今一度感じざるをえません。


襟をただしあなたを「お父様!」と呼びえる真正な自らとなりえなかったことをお仕置きしてくださり、
天の父母をお迎えできる聖なる精誠の基台を整え得なかったことをご叱責ください。


世のいかなる礼物よりも私たち自身があなたの願いに祭物として捧げられる完全な礼物となるべきであるにもかかわらず、このことを忘却する時がいかにどれほど多いか、言葉では言い尽くすことができません。


お父様!
この世的な何らかの与件や外貌のような外的条件が問題はございませんから、胸の奥から湧き上がって天のために生き、天のために証をし、天のために身悶えしようとする、そのような切なる心で全生涯路程を歩ませてください。


お父様!
たとえお父様のために生きる姿がときには清涼で孤独で寂しく、寂寞たる立場に置かれているように見えましても、
お父様の御前に評価された際にはお父様の所有として決定されると言う事実を私たちが知らなければなりません。


これが私たちが行くべき本前の道であり、人間の追求すべき本来の欲望であることを知り、
私たち自らそのような立場に立つことを今一度誓わせてくださいらんことを切に願いながら、
すべての祈りを真の父母の御名を通しておささげ申し上げます。


アーメン。
1970.2.8



35


お父様!
私たちがお父様の精誠をしっている息子ならば、
眠りから目覚めても罪人の面白ない姿を覆い隠せぬ心苦しい思いでひれ伏すまいとしてもひれ伏さざるを得ない筈でございます。


朝の食前に向かう場におきまして、
私がこのご飯を食べて何をするのかを自ら問いただす自分自身となさしめて下さり、昼の食前に向かうときには、今まで私が何を残していたかと言う問いかけに面白ない姿で自責する自らとなさしめてくださり、夕べの食前に向かう時は一日を清算するにあたり、不満足のない一日を送ったかを自問する自らとなさしめてください。


お父様のものとして一日を始め、お父様のものとしてこの時間まであゆんだのか、またお父様は私にどれほど関心を持っておられるのかを考えてみます時、
有意義に過ごすべき一日を何も残し得ぬ虚しい体を持って、俗世の心で過ごした一日ではなかったかと思いながら、心残りでお父様の御前に涙を持って謝罪し、寝床につける人たちとならせてくださいませ。


私達は感謝する生活をしなければなりません。
むち打たれる場でも、血を吐く場でも、感謝の生活をしなければなりません。
数多の先祖たちがそのような場でお父様を裏切ったゆえに、そんな歴史的な悲痛なる恨の心情を抱いてこられたお父様に、孝の中の孝の道理と、忠の中の忠の道理とを果たすべき私達であることを知っております。


ここで私達が恨みと不平を持ちましてはその場に立てないと言うことをわからせてくださり、そのような自分を発見するのではないかと、恐れる姿とならしめてください。
この世では哀れで弱い人ではありますが、このような人ほど恐ろしい人はないと言うことをわからしめてください。


私達の体が疲れはて、持ちこたえられぬほどの立場にあるとしても、お父様はこれよりもっとひどい受難の道を克服しつつ、私たちを慕い焦がれたと言う事と思いながら、私達がこの受難を乗り越えられてこそ、お父様の悲しい過去をお慰めできる息子になると言う事実を発見し、行くべき自らとなれるように聖別し、お父様の御前に祭物として完全に捧げられる息子とならなければなりません。


私達は感謝して生活することしかございません。
一人の男の前に結ばれた妻が至らないとしましても、生涯を通して奉仕できる何らかがある故に、その妻をくださったことに感謝すべきであるし、あるいは子供が私に十字架の一生を与えても、そうし得る立場を用意してくださったことに感謝すべきであるし、環境が私に生涯取り返しのつかない絶望のどん底に追い込んだとしましても、それを何らかの条件を立ててでも感謝の因縁として残して倒れると言える息子となり、お父様の人とならしめてくださらんことを切に願いながら、真の御父母様の御名を通してお祈り申し上げます。


アーメン。
1970.3.14



36


人間はお父様の愛のために生まれた存在であるゆえ愛を離れては生きることができません。


愛のために生まれ、愛でお父様にご奉公しなければならず、主体であられるお父様の御前に相対として互いに愛し愛されなければならないと言う事実を考えてみます時、その無限なる価値故にここに参じたあなたの息子・娘であることをわからせて下さるように切にお願い申し上げます。


お父様と関係のない出会いは無用なものでございます。
毎日週間のように出席する事はお父様の御前にはプラスにならないと言うことをわからせてください。


貴いあなたの御前に、無限であられる愛の主体の御前に、無限なる命の源泉であられるあなたの御前にひれふした姿のうち、意気地のないものがおりますでしょうか?


おりますならばその自らの存在価値を忘れてしまうほど、全体の前にお父様の認識を表面化させる場で倒れながら、お父様を待ち望む心を持った者とならしめてくださることを切にお願い申し上げます。


お父様の裾に取りすがり、お父様の首を抱き、切なる心ですすり泣きながら、お父様の懐に抱かれるひとときを迎えさせてくださいと絶叫し、心の中に染み込んでくるお父様の命の脈拍を、心に留める子女とならんがため、訪ねてきた群れだと言うことをわからしめて下さるよう切にお願い申し上げます。


あなたの愛が、私たちの深い心の奥底から厳かに流れ出て、心情と心情を結ぶことができ、あなたの心の根本に流れるその血の脈拍が私たちの心沸き立たせるようにしてください。
本質的な愛の脈拍に、私達のすべての血を染み込ませてください。


そうして、あなたの勇気とともに憤慨心を持って戦わせてくださり、お父様の怨恨の脈拍が私たちに及び、生涯の瞬間瞬間を越えていける力の源泉となりますよう、お父様、厳粛な中で自らを改めさせてくださいませ。
因縁を結んでくださいませ。
真の父母様の御名を通してお祈り申し上げます。


アーメン。
1970.4.5




37


お父様!
あなたが神聖であると認めることができ、あなたがためらわずして尋ねられるこの場所とならなければなりません。


お父様の息子がいて娘がいる場、お父様が当然としてご自由に尋ねられるこの場とならせてくださいますよう切にお願い申し上げます。
虚空を眺めながら反応のない泣き叫び声をあげては疲れ果てる人々となってはなりません。
罪悪の海峡境界線を踏み越えて行かねばなりません。


このような私たちを心苦しい御手で支えられるお父さんの感触を感じながら、
「お父様!」と叫び得る喜びの一日を迎えさせてください。


お父様の心情を持って全天下を全て抱き寄せ愛しながら、自ら酔いしれる境地を私達に賜って下さいますよう切にお願い申し上げます。


お父様!
敬慕の心情に燃え上がる切なる心とともに、
私たちが自分の意思のままお父様と呼べる自由な環境を賜って下さいませ。


すべての万象とともに私達の高貴さを賞賛し得る権威をもってお父様の御前に誇りたいのでございます。


すべてを私達のために作られたと存じております。
高貴な姿を持って隠然たる中にお父様を呼び得る立場に、あなたの息子娘たちを連結してくださらんことを切にお願い申し上げます。


かつて、お父様のため泣き叫んでいた過去のことを今日私達が遥か遠く眺めているだけではいけません。
過去のすべての内容を現実の材料として登場させてください。


そして今日のすべての事情が現実と未来を連結させ、過去それ自体が今日を証せるようにしてください。
そしてお父様にご奉公できる息子・娘たちとならしめてくださらんことを切にお願い申し上げます。


全体を受け持って貴く保護してくださらんことを切に願いながら、すべての祈りを真の父母の御名を通してお捧げ申し上げます。


アーメン。
1970.8.9




38


お父様!


私達はお父様の真の種となって真の木へと成長し、
花を咲かせて実を結んでは再びあなたの懐に抱かれる数百の結実として現れなければなりません。


ですから、春の日を迎え、私たちを真の種としてお蒔きになり、自由天地で真の木として成長させてあなたの慰めとならしてください。


また、そこから漂う花の香の中に実を結んで、万国に潤いを施し、終わりの日に喜びの宴を聞こうとなさる、あなたの願いを成就してください。


お父様!
私達がお父様を真心から愛せるようにしてください。
私達がお父様に今まで親不孝したのは悪なる環境で育ったからであることをよく知っております。


お父様!
私たちが希望あふれる環境の中で、公的なお父様の愛を中心に一つの種として真の沃土に根を張り、根を中心に芽が伸び行き、一つの知恵と育つ法則があるように、私達も新しい命を必要とするこの環境を重要視しなければなりません。


お父様!
青年時代を美しく予想合わせてください。
そしてあなたに因縁つけられたこの者たちの行路をお守りくださり、その環境の基盤を中心として育つことができるようにしてください。
この者たちを真の芽とならせてくださり、この民族と、この国と、この世界の前におきましてすべての人類が仰ぎ見ることができ、すべての人類を抱くこともできる、新しい命の木とならせてくださり、新しい花を咲かせ実を結び、万国に蒔かれては生き残ることができる息子・娘たちとならしめてくださらんことを切にお願い申し上げます。


そのためには私たちは強くなければなりません。


お父様、
この国が公的な神様の愛を中心として永遠に結束することもできる、どのような力でも引き離すことができず、いかなる逆境でも変わることのない信念に燃えさせてください。


このような試練に耐えるためには自分の栄養素を補充しなければなりません。


この民族に残っている全ての悪の要件を除去できる生命力を持った息子・娘となりますよう指導して下さいませ。


すべての祈りを真の父母の御名を通してお捧げ申し上げます。
アーメン。
1970.8.23


39


世のために生き、世で尊ばれる人は、自分が偉いと主張するそのような人ではございません。
自らの姿も露わにせず、孤独の立場で苦労の道を綴って来られるお父様が、尊ばれるべき方であることを本当に私達は知らなければなりません。


何らかの喜びがあればそれをこの民族の誇りとするため努力する人よりも、その喜をびお父様のものへと帰するために、あなたを思い黙々と苦労する息子・娘が必要であることを悟らしめて下さい。


大変なお父様!
孤独なるお父様!


目を閉じ、唇をかみ、舌を噛みながら耐えてこられたお父様の悲しみの極限の事情を、心から理解できる息子・娘であると言うならば千年の絆を抱いたお父様が一日の生活の中に満足を求める人間を通しては慰めを得ることができないと言うことを切に感じなければなりません。


そのようなお父様の御前に、温柔謙遜に姿勢を正すことによって、真なる生活はもちろん生涯を終えることがあったとしても、涙を禁じえない感激の生活、恐れかしこまる生活、改心の生活をすべき歴史時代を歩む人類の姿であるにもかかわらず。むしろお父様に苦労をかけ、お父様にもっと重い十字架の荷を抱かせ、お父様を孤独な道に追い込んだ私たちであったことを悟らなければなりません。


それだけじゃなく悪なる血統を受け継いだ後孫として、天の側に立つ人を打つ先方の位置に立っていた私たちの立場であったと言う事実を知り、
全天地間の何をもってしても、あなたの前に許しの求められない自らであることを発見しなければなりません。


そうして嘆きと悲しみの中で、お父様の御旨の前に恨を募らせた自らの命を、お父様の御前に捧げようと言う心を持ってこそ、真にお父様を求めることができお父様に相対することもできる私たち自身であることを悟らせてくださり、これが私たちの生涯において何よりも大きな重大事であることを感じさせてくだらんことを切に願いながら、すべての祈りを真の御父母様の御名を通しておささげ申し上げます。

アーメン。
1970.9.27


40


お父様は今まで
支配を受けずに来られた方でしたが、
お父様の心は与えられながらも面目なさを覚えると言うことを私たちは知らなければなりません。


本然の純粋な愛を持って、いっぺんに愛を与えたかったのがお父様の心でございました。
しかし人間の堕落によりまして段階的に摂理してこられるお父様の心には、数千年間の悲痛さが込められていると言う事実を私たちは知らなければなりません。


お父様!
復帰摂理の家庭におきまして蘇生時代、長生時代、完成時代と言う険しい峠道を段階的に経なければならないお父様の立場を私たちは知らなければなりません。


人間たちはお父様の愛を受けつつも、今日まであなたに感謝する術も知らず、恩を返す術も知りませんでした。


このような現実でも、そうであればあるほど猶更いつかは全て与え尽くそうと言う決意を持って強く雄々しい悲しい歴史を聞いてこられたお父様の内心を私たちは察するものでございます。


こんにちはお父様の悲しかった心をお打ち明けになり、世界を代身し、歴史を代身し、天宙を代身して、賜りたかった心情を吐露するこの時間、あなたの御前に全体を授け受けるできる息子・娘たちとなり得ないのではないかと恐れを覚えるあなたの息子・娘たちがこの場に集いました。


お父様、万物を与えたい心情に募った人々が、それを貰いたいと切に願う人に出会う時、与えながらもうつむき面目なさを覚える人ならば、この人はお父様の人であるとわかるものでございます。


全て与えても、もっと与えられないことに恨を抱きながら、もっと与えたくて、自分の身も心も燃え尽きてなくなるようなことがあっても、その亡くなる自らまで否定をする心を持つ人があるなら、その人は神様が所有なさなはずです、全体が彼に連結されるということを考えます時、避けようにも避けることのできない中心の位置で、お父様と連結され得る息子・娘がこの時間現れるようにしてくださらんことを切に願いながら、すべての祈りを真の御父母様の御名を通しておささげ申し上げます。
アーメン。
1970.10.25



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