http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44884から一部
災害の記憶をいまに伝える
日本全国「あぶない地名」
この漢字が入っていたら要注意!(一覧表付き)
「きれいな地名」は要注意
都内屈指の高級住宅街、東京都目黒区自由が丘。「住みたい街」ランキングでは常に上位にランクされるこの地に、戦後から暮らす80代の男性が自由が丘の過去について、驚くべき証言をした。
「この辺りには、かつて大岡山から大蛇が襲ってきたという言い伝えが残っています。おそらく水害をなぞらえているのでしょう。今では考えられませんが、かつてこの地では、子供が溺れる水難事故が多かったようです」
略
自由が丘をはじめ、日本全国には「○○が丘」や「○○台」、あるいは「希望」や「光」といった明るい意味の単語を使った地名は数多い。そのほとんどは近年つくられたばかりの新興住宅地。ところがそうした場所は、古い地名が災害と関係していることがしばしばある。
そう語るのは「地名情報資料室」を主宰し、『この地名が危ない』(幻冬舎新書)などの著書をもつ地名評論家の楠原佑介氏だ。
「新地名が一つ誕生すると、少なくとも数個の旧地名が抹消されます。そうなるとその土地に根付く伝承、それこそ災害の歴史も人々から忘れ去られてしまいます。残念なことに今の日本には『聞こえの悪い地名は変えてしまえ』という風潮が蔓延しています。
不自然に明るい印象を受ける地名が付けられる背景には、行政や企業が災害を示す旧地名、いわゆる『あぶない地名』を隠そうとする意図が見られる場合もあるようです」
楠原氏が「あぶない地名」と表現する、災害と密接に関連した地名。その中でも比較的分かりやすいものが「蛇」のつく地名である。
公園や橋の名に痕跡が
戸建ての住宅が整然と立ち並ぶ、愛知県名古屋市天白(てんぱく)区もそうした、「蛇地名」をもつ地域のひとつ。『天白区の歴史』(愛知県郷土資料刊行会発行)には、〈蛇が多くおって、土砂を取るために崖を崩すと、蛇が群がって落ちてくる〉と記されているように、この地区は土砂崩れを示唆する「蛇崩(じゃほう)」という地名で呼ばれていた。
区役所総務課を訪れ確認したところ、確かにその通りだという。
区内を流れる天白川によって、天白区は何度も土砂災害に遭っている。'00年に起こり、のちに内閣府が「激甚災害」に指定した「東海豪雨」でも川が氾濫。区内全域に土砂濁流が押し寄せ、2名の死者が出た。
天白区にある住宅メーカーの従業員にこの土地について尋ねてみると、
「この付近は、地形として谷底の低地。そのため天白川による浸水の可能性は高く、液状化の恐れも否定できません」略
長年、山津波に襲われ続けてきた歴史をもつ長野県南木曽(なぎそ)町。'14年7月9日にも大規模な土石流災害が発生。JR中央本線の鉄橋が流されるなど、その被害は甚大だった。
住民たちはこうした南木曽町で起こる山津波をある独特な言い回しで表現している。
「大雨が降り続いているときに、急に沢の水が止まることがある。それが『蛇抜け』の前兆。すぐに逃げなくてはならん。さもないと石が鳴り出して、蛇抜けが起こる」(80代男性)
住民たちが使う、聞きなれない「蛇抜(じゃぬけ)」という言葉。もちろんこれも、天白区と同様の蛇地名で、大雨による土砂崩れ地帯を示している。
注意深く町の周辺を散策すると「蛇抜橋」や「蛇抜沢」といった標識が目に入る。また、かつての中山道沿いを進むと、道の端々には、かつての土砂崩れによって運ばれた巨岩が点在していた。
さらに町の中心部まで歩いていくと「蛇ぬけの碑」と書かれた慰霊碑を見つけることができた。そこにはこう刻み込まれていた。
——長雨後 谷の水が急に止まったらぬける 蛇ぬけの水は黒い 蛇ぬけの前にはきな臭い匂いがする——
'53年に起こった土石流の犠牲者を祀るこの慰霊碑には、蛇抜の教訓がはっきりと示されていた。略
今から30年以上前、'82年7月23日から翌24日にかけて、長崎市内を集中豪雨が襲った。「長崎大水害」と呼ばれるこの水害で、市内全域は瞬く間に冠水した。
被災地の中でも、23人という多くの犠牲者を出したのが長崎県長崎市鳴滝(なるたき)だった。この町はかつて幕末期に出島で医師を務めたドイツ人・シーボルトが開設した鳴滝塾があった場所として有名で、現在も観光客で賑わう。だが実は水害多発地帯としての一面もある。
この鳴滝は昔、人々が頻発する水害を避けたため、それほど住宅はなかったそうだ。それが近年になって引っ越してくる人が急増し、今のような住宅地を形成しているという。その理由を、長崎市内の不動産業者はこう指摘する。
「少し前に、鳴滝を『高級住宅地』にする触れ込みがありました。それからですよ、どんどん家が増えていったのは」略
「今は(寝屋川や淀川は)整備されているから大丈夫」
と話すが、これは油断以外の何物でもない。国土交通省のハザードマップでは、寝屋川の氾濫時には1~2mの浸水が、さらに淀川の氾濫時には同2~3mが見込まれている。これは大阪市内の他の地域と比較しても、きわめて危険度が高い。「水害は過去のもの」とは単なる思い込みにすぎないのだ。略
『横浜の町名』(横浜市市民局)では〈ノゲとは崖のこと〉としている。つまり野毛が、崖崩れや土砂崩れが起きやすい土地だと明示されている。略
他にも思いがけない災害地名として、「蟹」というものがある。神奈川県川崎市高津区蟹ケ谷(かにがや)はそんな蟹がつく珍しい地域だ。
川崎市発行の『川崎地名辞典』には〈「蟹」は、「剥落しやすい土地」を示す「カニ」から来たもの〉と、その由来が記されている。