ひとは、何かのできごとによって、うつ、不安を経験しているとき、そのできごとが直接あなたのこころに影響していると考えがちです。しかし、実際のところあなたのこころに直接働きかけているのは、そのできごとではなく、あなたが(ほとんど自動的に、無意識に)どのようにそのできごとを解釈しているか、あなたがそれをどう受け止めているか、その思考パターンに起因します。
具体的な例を挙げると、あなたが何かの試験を受けて、思っていたような結果が出ずに、がっかりしたり、悲しくなったりします。これは、普通に考えると、「テストの結果が悪かったからブルーになった」、となるけれど、一度立ち止まってみて、「テストの結果が悪かった」ことが「どうして」あなたを鬱にしたのか、ゆっくり考えてみると、実はあなたの「テストの結果」と「あなたの鬱感情」を結びつけている、自動的、無意識的な思いが思い浮かんできます。たとえばある人えは、「あんなに勉強したのに。もうどんなに頑張ってもだめだ」、と思っていたかもしれないし、「私は馬鹿なんだ」、と思ったかもしれないし、「全然勉強しなかったからだ。私は怠け者のだめな人間だ」、と思ったひともいるかもしれません。ところで、この自動的な考えは、専門的にも、読んで字の如く 「自動的思考 (Automatic thought)」と呼ばれます。図式としては、1)できごと(試験の結果)-->2)自動的思考(「もうどんなに頑張ってもだめだ」)-->3)情緒体験(鬱、ブルー)となります。
また、うつではなくて、そのときに強い不安を感じるひともいるかもしれません。そのとき、そこにはやはり「自動的思考」が働いていて、この場合、たとえば、「どうしよう、再試験のための時間がない」とか、「どうしよう、この結果で昇進は駄目かも」、とか、「もっと勉強しても次に良い結果がでるかわからない」、「どうやったら結果がでるんだろう」、といった思考かもしれません。この場合の図式は、1)できごと(試験の結果)-->2)自動的思考(「昇進は駄目かも)」-->情緒体験(強い不安)、となります(脚注1)。
できごとそのものではなく、実際に私たちの気持ちに働きかけているのはこのいろいろな「自動的思考」である、というのは、認知行動療法 (Cognitive Behavioral Therapy)の基本概念であるけれど、これは別の見方をすると、こうした「ある種の不適応的な自動的思考」を「より現実的で、建設的な思考」とすり替えることで、あなたの経験している、うつや不安などのネガティブな情緒体験を改善できる、ということでもあります。そして、この気持ちの変化というのはしばしば驚くほどすぐに起きるもので、これは私がセラピーのセッションでクライアントと一緒にこの活動をしていてもよく感じることです。まず、不適応の自動的思考に気づいた時点で、彼らの鬱や不安は軽減するし、より現実的、客観的で、建設的な思考を思いつくと、彼らの気持ちはさらにぐっと改善します(これは、これから紹介する方法で、あなたひとりでもできるアクティビティです。なるべくわかりやすい説明を心がけますが、これから読んでいって試してみていまいちうまくいかなかったり、疑問がでてきたり、より具体的な援助が必要だ、と感じたら、連絡してください)。
自動的思考には、良性のものと、悪性のものとありますが、今回取り上げているのは、後者の、悪性のもので、こうしたネガティブな自動的思考には、首尾一貫した、システマティックな、「思考、認知のゆがみ」が関係しています。あなたの思考を特定の、まずい方向にもっていくパターンです。以下に紹介する12個の「認知のゆがみ」パターンは、認知行動療法の創始者、Aaron Beckが数十年前に発見したものですが、これは現在でも、臨床心理の現場はもとより、コーチング、自助本、サポートグループなどでも広く使われていて、非常に役立つものなので、紹介します。なお、こうした認知のゆがみは、臨床的なうつ病、不安障害を経験している人たちにおいては、特に顕著に見られるものです。個人差、程度差がありますが、これらは、多かれ少なかれ、だれにでもあるものです。
これらをじっくりと読んでみて、自分が該当するパターンを特定して、よく自覚することは、それ自体があなたの精神状態にポジティブに影響します。もちろん、ある種の自動的思考は、現実ですが、多くの場合、それは、誤りであったり、また、いくつかの事実がネガティブに誇張されてしまったものです (12個の認知のゆがみの具体的な例においては、別の記事で追って説明していきます)。自分に当てはまるものが特定できたら、そのゆがみによって見えていなかった可能性について考えたり、書き出してみるのもいいでしょう。視野を広げ、実は存在していたオプションについて認識をすることも、あなたのこころに良い影響をもたらします。人は、「自分には選択肢がある」、「オプションがある」、と感じられるときに、よりポジティブで前向きな気持ちになれます。
1) All-or-nothing thinking--「オールオアナッシング、全か無か、0か100か、白か黒かの思考パターン」
これは、Dichotomous thinking(二分法的思考)とも呼ばれるもので、これは、あなたが、(自分の置かれている)状況を、2つだけのカテゴリーとして認識する傾向です。しかし実際には、状況というのは、連続性のある、スペクトラム的なものであり、物事には、白と黒との間のグレーゾーンというものが存在します。
2) Overgeneralization-「過度な一般化」
これは、あなたが、あるひとつのネガティブなできごとを、まるであたかもそれがあなたがこれから経験することすべてに当てはまるように、必要以上に一般化してしまう傾向です。
3) Personalization―過度に個人的に取ること
これは、必ずしもあなただけの責任ではないことに対して、必要以上に自分を責める傾向です。これはまた、誰かがあなたに対してネガティブに振る舞ったときに、その理由についていろいろな可能性を考慮せずに、それは自分に問題があるからだ、と思ってしまう傾向でもあります。
4) Catastrophizing--「破局化」
これは、Fortune telling(負の)未来予想、占い、とも呼ばれるもので、これはあなたが、何か任意のできごと、あなたの今この瞬間の気持ちなどを元にして、他のいろいろな要素を考慮にいれずに、ネガティブな将来、悪い結末を予想してしまう傾向です。
5) Disqualifying or discounting positive things--良いことの無効化、あるいは割引
これは、あなたが経験した何かよいもの、たとえば、成功、達成などを、何らかの任意の理由をつけて無効化したり、割り引いて考えてしまう傾向です。
6) "Should" or "Must" statements--「すべきだ」、「しなければ」、の思考パターン
これはあなたが、厳密で固定された考えをもとに、どのようにあなたが、あるいは他者が振る舞う「べき」であるかの基準をつくり、その基準をあなたや他者が満たさなかった場合において、過度にネガティブな成り行き、結果を予想してしまう傾向です。この基準によってあなたは自分を責めたり、他者を責めたりしてしまいます。
7) Emotional Reasoning--感情的推理
これは、あなたが、今この瞬間の気持ちに基づいて、ものごとの成り行きや将来を推測したり、あなたの属性について結論を出してしまったりする傾向です。
8) Mind Reading--(他者の)こころを読むこと
これは、特に何の根拠もなしに、誰かがあなたに対してネガティブな反応をすると決めつけてしまう傾向です。これは、他人が何を考えているのかわかる、というあなたの信念に基づくもので、その信念が故に、いろいろな他の可能性に目を向けることができません。
9) Magnification and Minimization--極大化と極小化
これは、あなたが、ある状況や、他者や、あなた自身について評価しているときに、必要以上にそのネガティブな要素に重点を置き(極大化)し、同時に、その良い側面において、必要以上に軽くあしらってしまう(極小化)傾向です。
10) Mental Filter--こころのフィルター
これは、Selective abstraction(選択的抽出)とも呼ばれるもので、あなたが、ある状況やできごと、あなたや他人に対して、ある一点のネガティブな細部に集中してしまい、その全体像を見ることができない傾向です。
11) Labeling--ラベリング、レッテル貼り
これは、あなたが、何か固定された、全般的なラベルを他者やあなた自身に貼り付けてしまい、その結果、実際には存在している、そのラベルとは相反する、ポジティブな可能性や側面を考慮することができない傾向です。
12) Tunnel vision--トンネル的視野
これは、あなたがものごとのネガティブな側面だけを見てしまう傾向です。トンネルのように、視野が狭められ、見えるものはネガティブなものだけですが、そのトンネルの周りには実はポジティブな現実もあるのです。
以上が、代表的な12個の、人間の認知のゆがみのパターンです。お気づきの方もいると思いますが、これらの12個のパターンは、オーバーラップしていたり、相互に関係しているものが多く、この識別は、あくまで、便宜的なものです。あなたの認知のゆがみについて、正確に特定することが、そのゆがみからうまく脱出することにつながります。さて、次回から、この1つ1つについて、具体的に説明していきます。
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脚注1)もちろん、ポジティブな情緒体験、たとえば幸せな気持ち、喜び、などにもこの自動的思考が働いていて、たとえば、試験の結果がよかった時に、人がとても嬉しくなるのは、その時に瞬間的に経験している思考があり、それはたとえば、「やっぱり私はできるんだ!」とか、「これで昇進できる!」とか、「頑張ってよかった!努力は報われる!」とか、「これでしばらくゆっくりできる!」といった自動的思考で、図式としては、1)できごと(試験の良い結果)-->2)自動的思考(「これで昇進できる!」-->3)情緒体験(喜び、幸福感、という具合になります。