読者の方から、カウンセリングのゴールについて質問をいただきました。
実はこの質問は、実際に私のところに心理カウンセリングやサイコセラピーを受けにお越しになった方からも時々受けるものです。
こうした質問をされる方の特徴としては、1)家族や知人、会社の上司、学校の先生などから、カウンセリングを勧められるままにとりあえず来た、2)家族や配偶者に言われて嫌々来た、3)なんとなく面白そうだったから、といったことが挙げられます。
こうした「ゴールがわからない」方たちと私が最初に行うことは、今その方達の人生において今起きていることについてじっくりとお話をお聞きして、「問題」や「困ったこと」を特定し、そうした具体的なことについて話し合っていくことです。
このようにして明らかになった「問題」、「困ったこと」の改善や解決が、サイコセラピーのゴールとなります。
たとえば、2)家族や配偶者に言われて嫌々来た、というタイプとして、不貞行為がばれて、配偶者から「カウンセリングに行かないと離婚する」、と脅されて仕方なく来たけれど自分にはどんな問題があるのかわからない、という方が意外と多くおられます。
また、カウンセリングに行かないと親に家を追い出される、ということで、ほかに行くあてもないし家から追い出されないために仕方なくきた、という20歳前後のクライアントも時々訪れます。
こうした場合、クライアント本人に問題意識がない場合が多いわけですが、たとえば、その青年のクライアントに、どうして家を追い出されるのか聞くと、「学校に行かないで(仕事しないで)酒を飲んでいるのが気に入らないらしい」、とか、「自分では別にいいと思ってるけど、母は私の過食が心配で仕方ないみたい。治療を受けないなら家にはおいて置けないって。他に行くとこないし追い出されたら困るから仕方なくきたの」といったことをお話してくれるわけですが、それではどうして仕事や学校に行かないのか、どうしてお酒ばかり飲んでいるのか、また、親の心配とは別に、どうして過食するのか(その背後にあるストレス因子や本質的な問題)、過食でその人が生活する中でどのような不自由や不都合、苦痛を経験しているかについて、耳を澄まして聞いていきます。
こうした対談のなかでまもなく彼らは配偶者や親との人間関係とは別に、自分自身の問題として改善したいと思うことについて思い至ります。
このようにして、初めは消極的、受動的にやってきた人たちが、心理カウンセリングに主体性を持ちはじめ、モチベーションをもって参加するようになります。
ところで、心理カウンセリングのゴールは、常に一定ではありません。
たとえば、パニック発作や強い不安で私のところにやってきた方は、当然そうした急性の症状の改善や解消をゴールにするわけですが、実際にパニックや不安を克服したけれど、治療の続行を希望する、ということはとてもよくあります。
というのも、それまで強い不安や鬱で見えなくなっていたその人のもっと本質的な課題や願望が、そうした急性の精神疾患の改善や治癒によってよく見えるようになることも多く、急性の精神疾患の克服によってサイコセラピーの効果をすでに実感した人たちは、もっと良くなりたい、もっと成長したい、もっと幸せになりたいと望むようになるので、そのためにはどうしたらいいか、再び話し合って新しいゴール設定をして、そこに向けて、セラピーは続いていくわけです。
もちろんそうでない人もいます。とりあえず鬱が治って復職も果たしたし、当面は自分の力でやっていきます、という方も多いです。それはそれで良いと思います。
こうした方たちもサイコセラピーの良さを実感しているので、何か新しい問題や課題ができたときに、自然に治療現場に戻ってきます。
昔、私の師が言いました。「サイコセラピーっていうのは、学校と似ているよ。ある人達は、いくつものクラスを卒業まで連続して取り続けるし、ある人達は、いくつかのクラスの単位を取ったらとりあえず社会に出て、必要に応じて再び学校に戻ってきて必要な授業だけ取ってまた外の世界にでていく。大学院に行く人もいるしね」と。(脚注1)
これはとてもうまいたとえ話だと思います。人生には、本当にたくさんの課題があります。多くの人がその発達段階で必ず通る課題もあれば、そうでない、その人固有の非常にユニークな課題もあります。
こうした、あなたの人生における或るクラスの授業において、その課題がわからなくなったり、また、課題は分かったがそれは非常に複雑で困難なため、独力では到底修了できない、というときに、私はあなたと一緒にその課題を明確化したり、その課題に具体的にどう取り組んでいくのが良いのか秩序立てて整理して、オブジェクティブ(大きなゴールに到達するために到達すべき小さなサブゴール)を作成したり、また、あなたがその課題に実際に取り組むのを手伝ったり、勇気づけたり、軌道修正したり、促進したりして、そのミッション完了を確実なものにしていきます。
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脚注1)これはアメリカの大学の話であり、日本とは事情が異なります。アメリカでは、人はいくつになっても必要に応じて大学に戻りますし、また、入学のタイミングも人それぞれで、たとえば高校を卒業したらとりあえず就職して働いて、勉強したくなって大学に入る、という人もいれば、高校卒業後すぐに入学したけれど、在学中に外の世界に興味をもち、休学して数年働いて、再び学ぶ必要を感じて大学に戻った、という人もいます。また、社会人が出世やキャリアチェンジなどのために仕事を辞めたり、パートタイムに切り替えて、専科大学院に入学する、というケースも非常に多いです。こうした事情があるため、ひとつのクラスには、実に様々な世代の人たちがいることも少なくありません。