『記事に載せられる店、探して来いっ!!見つかるまで戻って来るなっ!!』
3時間前に、編集長に言われた言葉が重くのしかかる。
俺は料理雑誌のグルメライターを生業(なりわい)としている。
今回のテーマは、
[中華料理]
横浜中華街のような、誰もが知っている店ではなく、隠れ家的な店であり、なおかつ美味しく、口コミで知られるような店、というのがコンセプト、とのことだ。
とはいえ……
俺が訪れた中華料理店は、どれもが既に他誌で取り上げられている店ばかり…。
街中を歩き回っていると、天気予報では曇りだったはずだが、ポツポツと雨が降り始めて来た。
鞄を頭の上に掲げ、次第に強くなってきた雨を凌ぎながら、一つの店の軒先で雨宿りをすることにした。
辺りに人影はなく、外は既に暗くなっていた。
また、秋も後半に差し掛かっており、突然の雨と相まって寒さが身に染みる…。
カレーの匂いが鼻をくすぐる。
ふと、雨宿りをしていた店の前の看板を見ると、
手書きで
[隠れ家ハウス・陳]
と書かれていた。
店の名前に疑問を抱いたが、[陳]という字を見た瞬間、中国人の経営する店だと直感した。
中国人ということは、この店は中華料理店だろうか。
この店で駄目なら、編集長に企画内容を変更してもらえるよう頭を下げるしかない……
俺は店のドアを開けた。
俺『すいませーん。』
店内は、淡いオレンジ色の蛍光灯で妙に落ち着いた雰囲気だった。
『今ゆくネー。』
奥の方から声が聞こえた。
今の喋りから、中国人であることは間違いない。
俺は店主が現れるのを、ドアの前で待たせてもらった。
―――5分経過―――
……遅い……。
店主の声が聞こえてから、5分が経過していた。
俺『すいませーんっ!』
俺は再度、店の奥に向かって声をかけた。
『すぐにゆくネー。』
店の奥から声が聞こえた。
明らかに、店主は居る。
俺は、仕方なく店主が来るのを待つことにした。
―――5分経過―――
………。
俺『すいませんっ!さっきからずぅっと待ってるんですけどっ!!』
苛立ちを抑え切れず、俺は怒鳴り声を上げた。
すると店の奥から一人の中年が現れた。
白のコック帽、白のコック服、白のサンダル、黒のサングラスをかけた男性が店の奥から姿を現した。
その風貌からは、……一風変わった店主だと俺は思
店主『物好きな人ネ。大抵の人、帰てるネ。何で居るネッ!?』
俺『ここ、飲食店じゃないんですかっ!?』
店主『……、そ、そうネッ!飲食店だたネッ!!何注文するネ?焼きそばでいいアルカ?』
俺『席に案内しろよっ!!』
俺はドアの前に立ちながら、中年店主に向かい怒鳴っていた。
店主『アイヤー、丁度今、お客さん引いた所ネ。適当に空いてる所に座るヨロシ。』
俺『元々客なんて居なかったがな。』
店主『そこに座るネ。』
俺『無視か…。』
俺は、店主に案内された席へと着いた。
店主『さて、何注文するネ?焼きそば、納豆、お冷や、の中から選ぶネ。』
俺『お冷や、はメニューじゃねぇよっ!!用意しろよっ!2品しかねぇのかよっ!!』
店主『分かたネ。今、水道水入れてくるネ。』
俺『お冷や、って言えよ。』
そう言うと、店主は奥へと歩いて行った。
何だ、この店は…?
本当に2品しか無いのか?
納豆…、って何だよ……
しばし待っていると、店主がグラスに水を入れてこちらに向かっ……
俺『おい、…何でお前がお冷やを飲んでるんだ?』
店主『喉渇いたネ。まずかたネ。で、注文は決またアルカ?』
店主が飲みかけの水入りグラスをテーブルに置くと、俺に聞いてきた。
俺『……。じゃあ…、このお店のオススメ料理をお願いします。』
店主『オススメ、ネ。かしこまたアル。オススメ一人前ネーーーーーッ!』
店主が厨房に向かって声をあげた。
店主『イヤー、お客さん、ホント物好きネ。そんなに腹減ってたアルカ?』
俺『いや、お腹がすいていた訳じゃなくて、ちょっと取材で寄ったんです。』
店主『…取材…アルカ…』
店主の声のトーンが、それまでの甲高いトーンから低いトーンへと変わった。
その瞬間、俺は[取材]という言葉を出したのがマズかったか、と発言を後悔し
店主『大歓迎ネッ!!ワタシ、陳ゆうネッ!一風変わった中国人ネッ!!趣味は人間』
俺『待て待てッ!!誰があんたを取材すると言った!この店と、料理を取材しに来たんだッ!!』
陳、と名乗る店主は心底ガッカリした表情で俺を見つめて来た……。
俺『でも、このお店、陳さんとは別にコックさんが居るんですね。いつも2人で営業してるんですか?』
陳『この店、ワタシ一人で回してるネ。人の手なんて借りないネ。邪魔ネ。』
俺『さっさと作りに行けよッ!!』
陳『アイヤーッ、忘れてたネーーーーーッ!!』
陳は、ムダに叫ぶと厨房へと向かった。
急ぐ素振りはなく、ゆっくりと歩きながら厨房へと消えて行った。
まったく、なんて店に入ってしまったんだ俺は。
いや、でもまだ分からない。もしかしたら、料理の腕前は一流なのかもしれない。
それに賭けるしかない…。
ケータイを弄りながら料理を待っていると、陳が厨房から戻って来た。
この匂いは……まさか…
陳『ハイー、お待たせネー。中華料理風インドカリー、ネ。』
俺『インドカレーがオススメなのか?』
陳『カレーじゃないネ、カリー、ネッ!!』
俺『ツッコんだのはそこじゃねぇっ!!何だよ、中華風って!!中国4千年の歴史とやらは無いのかよ!』
陳『中国にそんな大した歴史無いネッ!!』
俺『中国の人達に謝れッ!!』
陳『うるさい客ネッ!』
堂々と客である俺に対して悪態をつくと、陳は厨房へと戻って行った。
最低な店主だ。
これは記事にするのは本当に困難になってきた。
しばらく待っていると、陳が鼻歌を歌いながら料理を運んで来た。
陳『お待たせネッ!!』
運ばれて来た料理は、………何の肉だ?
盛り付けが、お世辞にも綺麗とは言い難い肉料理が運ばれて来た。
俺『これは、何のお肉ですか?』
陳『中華風インド肉、ネ。インドの肉、ネ。中華風にアレンジしたネ、大丈夫ネッ!!』
何が大丈夫なのか。
もはや、陳の発言に対して俺はツッコむ気力も無くなっていた。
さっさと写真撮って、料理を食べて会社に戻ろう。
俺『ナイフとフォークが無いんですけど。』
陳『インド式に、手で掴んで食うネ。これ、中国人も一緒ネッ!!』
俺『本当に中国の人に怒られるぞ、お前。』
どうやら、ナイフとフォークを持って来る意思は微塵も無いようだ。
俺は仕方なく、湯気の立ち上る『インドの肉』を引きちぎると、口の中へと放り込んだ。
陳『……どうネ?美味いカ?どうなのネ?ん?』
陳が口を動かしている俺を見ながら話掛けてくる。
目障りだ……
しかし、何の肉だ、コレ。
初めて食べた味だ。
コレなら記事に出来るかもしれない。
俺『珍しい味ですね。写真、撮影してもいいですか?』
陳『仕方ないネ。カッコ良く写すネッ!』
俺『お前じゃねぇよっ!』
陳を無視し、俺は角度を変えて10枚程写真を撮ると、食べかけの肉料理を平らげた。
普通の味だったな。
俺『ごちそうさまでした。いくらですか?』
陳『イエスとバブーしか言えないガキと一緒にするなネッ!!陳ネッ!!』
俺『お会計っ!!』
陳『本日で閉店ネ。特別にタダにしてやるネ。』
俺『本当ですか!?』
陳『くくく、嘘ネ。3980円ちょうだいネ。』
俺『………。』
俺は仕方無くお会計を支払うとドアを開け、その店を後にした。
しかし、不思議な店だったな。
だが、コレはネタに出来る。
俺は胸を踊らせると、雨があがった街を歩き出した。
後日、とある飲食店からインド人の死体が発見された。
死体の一部は切り取られ、その部位は見つかっていないという。
さらに後日、とある雑誌会社にクレーム電話が殺到した。
『コックさんも大変ネ。ワタシには向いて無いネ。やはりワタシは商人が一番ネッ!!
3時間前に、編集長に言われた言葉が重くのしかかる。
俺は料理雑誌のグルメライターを生業(なりわい)としている。
今回のテーマは、
[中華料理]
横浜中華街のような、誰もが知っている店ではなく、隠れ家的な店であり、なおかつ美味しく、口コミで知られるような店、というのがコンセプト、とのことだ。
とはいえ……
俺が訪れた中華料理店は、どれもが既に他誌で取り上げられている店ばかり…。
街中を歩き回っていると、天気予報では曇りだったはずだが、ポツポツと雨が降り始めて来た。
鞄を頭の上に掲げ、次第に強くなってきた雨を凌ぎながら、一つの店の軒先で雨宿りをすることにした。
辺りに人影はなく、外は既に暗くなっていた。
また、秋も後半に差し掛かっており、突然の雨と相まって寒さが身に染みる…。
カレーの匂いが鼻をくすぐる。
ふと、雨宿りをしていた店の前の看板を見ると、
手書きで
[隠れ家ハウス・陳]
と書かれていた。
店の名前に疑問を抱いたが、[陳]という字を見た瞬間、中国人の経営する店だと直感した。
中国人ということは、この店は中華料理店だろうか。
この店で駄目なら、編集長に企画内容を変更してもらえるよう頭を下げるしかない……
俺は店のドアを開けた。
俺『すいませーん。』
店内は、淡いオレンジ色の蛍光灯で妙に落ち着いた雰囲気だった。
『今ゆくネー。』
奥の方から声が聞こえた。
今の喋りから、中国人であることは間違いない。
俺は店主が現れるのを、ドアの前で待たせてもらった。
―――5分経過―――
……遅い……。
店主の声が聞こえてから、5分が経過していた。
俺『すいませーんっ!』
俺は再度、店の奥に向かって声をかけた。
『すぐにゆくネー。』
店の奥から声が聞こえた。
明らかに、店主は居る。
俺は、仕方なく店主が来るのを待つことにした。
―――5分経過―――
………。
俺『すいませんっ!さっきからずぅっと待ってるんですけどっ!!』
苛立ちを抑え切れず、俺は怒鳴り声を上げた。
すると店の奥から一人の中年が現れた。
白のコック帽、白のコック服、白のサンダル、黒のサングラスをかけた男性が店の奥から姿を現した。
その風貌からは、……一風変わった店主だと俺は思
店主『物好きな人ネ。大抵の人、帰てるネ。何で居るネッ!?』
俺『ここ、飲食店じゃないんですかっ!?』
店主『……、そ、そうネッ!飲食店だたネッ!!何注文するネ?焼きそばでいいアルカ?』
俺『席に案内しろよっ!!』
俺はドアの前に立ちながら、中年店主に向かい怒鳴っていた。
店主『アイヤー、丁度今、お客さん引いた所ネ。適当に空いてる所に座るヨロシ。』
俺『元々客なんて居なかったがな。』
店主『そこに座るネ。』
俺『無視か…。』
俺は、店主に案内された席へと着いた。
店主『さて、何注文するネ?焼きそば、納豆、お冷や、の中から選ぶネ。』
俺『お冷や、はメニューじゃねぇよっ!!用意しろよっ!2品しかねぇのかよっ!!』
店主『分かたネ。今、水道水入れてくるネ。』
俺『お冷や、って言えよ。』
そう言うと、店主は奥へと歩いて行った。
何だ、この店は…?
本当に2品しか無いのか?
納豆…、って何だよ……
しばし待っていると、店主がグラスに水を入れてこちらに向かっ……
俺『おい、…何でお前がお冷やを飲んでるんだ?』
店主『喉渇いたネ。まずかたネ。で、注文は決またアルカ?』
店主が飲みかけの水入りグラスをテーブルに置くと、俺に聞いてきた。
俺『……。じゃあ…、このお店のオススメ料理をお願いします。』
店主『オススメ、ネ。かしこまたアル。オススメ一人前ネーーーーーッ!』
店主が厨房に向かって声をあげた。
店主『イヤー、お客さん、ホント物好きネ。そんなに腹減ってたアルカ?』
俺『いや、お腹がすいていた訳じゃなくて、ちょっと取材で寄ったんです。』
店主『…取材…アルカ…』
店主の声のトーンが、それまでの甲高いトーンから低いトーンへと変わった。
その瞬間、俺は[取材]という言葉を出したのがマズかったか、と発言を後悔し
店主『大歓迎ネッ!!ワタシ、陳ゆうネッ!一風変わった中国人ネッ!!趣味は人間』
俺『待て待てッ!!誰があんたを取材すると言った!この店と、料理を取材しに来たんだッ!!』
陳、と名乗る店主は心底ガッカリした表情で俺を見つめて来た……。
俺『でも、このお店、陳さんとは別にコックさんが居るんですね。いつも2人で営業してるんですか?』
陳『この店、ワタシ一人で回してるネ。人の手なんて借りないネ。邪魔ネ。』
俺『さっさと作りに行けよッ!!』
陳『アイヤーッ、忘れてたネーーーーーッ!!』
陳は、ムダに叫ぶと厨房へと向かった。
急ぐ素振りはなく、ゆっくりと歩きながら厨房へと消えて行った。
まったく、なんて店に入ってしまったんだ俺は。
いや、でもまだ分からない。もしかしたら、料理の腕前は一流なのかもしれない。
それに賭けるしかない…。
ケータイを弄りながら料理を待っていると、陳が厨房から戻って来た。
この匂いは……まさか…
陳『ハイー、お待たせネー。中華料理風インドカリー、ネ。』
俺『インドカレーがオススメなのか?』
陳『カレーじゃないネ、カリー、ネッ!!』
俺『ツッコんだのはそこじゃねぇっ!!何だよ、中華風って!!中国4千年の歴史とやらは無いのかよ!』
陳『中国にそんな大した歴史無いネッ!!』
俺『中国の人達に謝れッ!!』
陳『うるさい客ネッ!』
堂々と客である俺に対して悪態をつくと、陳は厨房へと戻って行った。
最低な店主だ。
これは記事にするのは本当に困難になってきた。
しばらく待っていると、陳が鼻歌を歌いながら料理を運んで来た。
陳『お待たせネッ!!』
運ばれて来た料理は、………何の肉だ?
盛り付けが、お世辞にも綺麗とは言い難い肉料理が運ばれて来た。
俺『これは、何のお肉ですか?』
陳『中華風インド肉、ネ。インドの肉、ネ。中華風にアレンジしたネ、大丈夫ネッ!!』
何が大丈夫なのか。
もはや、陳の発言に対して俺はツッコむ気力も無くなっていた。
さっさと写真撮って、料理を食べて会社に戻ろう。
俺『ナイフとフォークが無いんですけど。』
陳『インド式に、手で掴んで食うネ。これ、中国人も一緒ネッ!!』
俺『本当に中国の人に怒られるぞ、お前。』
どうやら、ナイフとフォークを持って来る意思は微塵も無いようだ。
俺は仕方なく、湯気の立ち上る『インドの肉』を引きちぎると、口の中へと放り込んだ。
陳『……どうネ?美味いカ?どうなのネ?ん?』
陳が口を動かしている俺を見ながら話掛けてくる。
目障りだ……
しかし、何の肉だ、コレ。
初めて食べた味だ。
コレなら記事に出来るかもしれない。
俺『珍しい味ですね。写真、撮影してもいいですか?』
陳『仕方ないネ。カッコ良く写すネッ!』
俺『お前じゃねぇよっ!』
陳を無視し、俺は角度を変えて10枚程写真を撮ると、食べかけの肉料理を平らげた。
普通の味だったな。
俺『ごちそうさまでした。いくらですか?』
陳『イエスとバブーしか言えないガキと一緒にするなネッ!!陳ネッ!!』
俺『お会計っ!!』
陳『本日で閉店ネ。特別にタダにしてやるネ。』
俺『本当ですか!?』
陳『くくく、嘘ネ。3980円ちょうだいネ。』
俺『………。』
俺は仕方無くお会計を支払うとドアを開け、その店を後にした。
しかし、不思議な店だったな。
だが、コレはネタに出来る。
俺は胸を踊らせると、雨があがった街を歩き出した。
後日、とある飲食店からインド人の死体が発見された。
死体の一部は切り取られ、その部位は見つかっていないという。
さらに後日、とある雑誌会社にクレーム電話が殺到した。
『コックさんも大変ネ。ワタシには向いて無いネ。やはりワタシは商人が一番ネッ!!