1999年初冬、知人の一人息子が交通事故で亡くなった。
早朝、夜勤明けの帰宅途中の交通事故。
車は大破、救急指定病院のICUに収容されたが内蔵破裂と脳挫傷で、
もうどうしようもなかった。
昨夜、風邪気味の息子が夜勤に出向くとき父親が「今日は会社を休め」と
言ったが、彼は「まだ新入社員だから」と笑って出ていった。
家族に看取られることもなくICUで一人逝った息子の最後に父親の動揺は
激しい。強引に仕事を休ませれば良かった、悔やんでも、悔やんでも、
悔やみきれない。
夕頃、電話で知らされた私は仕事を早退して車に飛び乗った。
岐阜県多治見市。中央高速の恵那インターを降りてから、
街灯も看板もない田舎道をひたすら走って着いたのが夜の10時過ぎだった。
玄関前の対の弔い提灯と路肩に停まる車の多さが、初めて訪れる彼の家を
教えてくれた。大きな田舎家の広い座敷の北側に、痛ましいご子息は
安置されていた。かたわらに座るご家族の悲嘆が思いやられ、
用意してきたお悔やみの言葉がでてこない。
泣きはらした顔で「一目見てやってくれ」と父親が白い布を取った。
顔のあちこちに深い傷を縫合した痕、唇に血が滲み、首筋の白い包帯が
痛々しい。でも、その顔は今まで見てきた幾人もの仏と同じように
安らかで微笑んでるように見えた。
仏の顔だけ見ていると、事故だろうが病だろうが、若かろうが年寄り
だろうが、これが、この人の寿命(天命)だったんだと思えてくる。
合掌。
翌日はよく晴れた寒い日
向かい風の冷たさに身震いしながら急な坂道を登ると、そこは告別式会場の
お寺さんだった。堂々とした門構えと禅宗独特の屋根様式は寺の格式の高さ
を思わせる。広い伽藍の隅には茅葺き屋根の鐘楼があり、
手入れの行き届いた庭は花木に囲まれ整然とした趣を感じさせた。
午後2時、僧侶の読経の中、長い焼香の列が終わりに近づいた頃だった。
静謐を裂く導師のひときわ高い『喝っ』の一声と同時に晴天だった空から
激しく白い雪が舞い降りた。立っていた私達は寒さも忘れて空を見上げた。
少し前の青空が嘘みたいに消え去って、暗く重い空は薄墨一色に変わって
いた。
こんなことが本当にあるなんて...。
風に舞う粉雪の中、出棺は荘厳で、手を合わせて見送る誰もが不思議で
敬虔な祈りに包まれた。今まで数多くの葬儀に参列したが、
これほど美しく、こんなに悲しい葬列は未だかってなかった。南無。
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