小さい頃、母が仕事帰りにパンを買って来てきてくれたことがあった。
「このパン屋さんすっごく人気があって、
食パンは1日2回の焼き上がり時間に並ばないと買えないんだって。
他のパンも仕事帰りに寄っても売り切れててめったに食べられないけど
今日はたまったま手に入った」
以来、買って買ってとせがんだけれど
「今日も寄ってみたけどもう閉まってた~」
の連続で、
たまーーーーに昼休みにそっち方面に行ったから買えたよーなんて日を
心待ちにしたものだ。
そのパン屋は入学した高校のそばにあったので学校帰りに寄れるようになった私は
せっせと通い、
そんな1年生の12月のある日、私の目に1枚のハリガミが飛び込んできた。
『アルバイト募集』
やりたい
いや、やる
どんな手を使ってでも
母を説き伏せ、バイト禁止の学校に許可を貰い、
私は見事にパン屋のアルバイトに採用された。
一生懸命値段を覚えて、合計金額を素早く暗算する技術を習得し(遠い昔の話さ)、
お客さんに愛想をふりまいて、仕事終わりに店先を掃き清めた。
夫婦で営む小さなパン屋は常連客にとても愛されて
食パンの焼き上がりには道の向こうまで行列ができたし
3時半頃に揚がるアンドーナッツとクリームドーナッツは揚がる端から飛ぶように売れた。
無口なご主人に代わって奥さんが
「奥に1つとってあるからね」
と言ってくれるのがうれしかった。
お客の流れの途切れた時に、すかさず私は自分ちのパンを買って取り置きをした。
ウインドウの端っこに袋詰めしておいたパンを抱きかかえるようにして帰る日々。
とても幸せだった。
2年生が終わる頃
「あなたももう受験生なんだからそろそろバイトは卒業して学業に専念しなさい」
とご主人からまさかの卒業を言い渡されるまで私の幸せな日々は続いた。
時給430円からスタートして460円で卒業した。
それよりもなによりも、私の体重は10キロ近く増えていた。
今日は油断するなよ、パンは魔物だぞって話。