黄菖蒲の花(東京都文京区)
こんにちは。
今日も皆さん、ありがとうございます。
生きていれば誰だって、いい思いもすれば嫌な思いもします。
本当はいい思いだけしていたいものですが、
そのためには全人類ばかりか、生けとし生きるもの全てに自分のご機嫌を取ってもらわなければいけません。
しかも、仮にみんなにご機嫌を取ってもらっても、
たとえば足の小指を物置きの角にぶつけてしまうとか、
洗剤で手が荒れるとか、メールで誤変換を連発するとか、いい思いができなくなることはたくさんあるわけです。
こういうわけで、嫌な思いをしないで生きるのは、まず不可能だということが、
よくおわかりになると思うんです。
さて、嫌な思いをしてしまった時。
人間、不愉快なままでいることには耐えられませんから、
なんらかの対処をします。
こういう時に勧められるのが「ポジティブ思考」です。
嫌なことを「ああ勉強になった、よかったよかった」ということにして、
なんらかの糧にする考え方です。
自分の糧になるのですから、言うことはありません。
しかし、「ポジティブ思考」というのをやるには、エネルギーが必要なのです。
「ああ、嫌だよなあ…」ということを、
いちいち脳をブン回して考え直すとか、角度を変えて見直すとか、
つまりは同じことをもう一回、二回とやり直すのですから、
エネルギーがかからないほうがおかしいのです。
もし嫌な思いをして、「全力を挙げて「ポジティブ思考」をしても限界がある」という場合、
残された方法は一つです。
「忘れ去る」というやり方です。
悪い体験はよい体験で中和できるのです。
嫌なことがあっても、没頭できるものに心を動かされたり感動すれば、
勝手に消えていきます。
もちろん、気持ち良くぐっすり眠ることだって、立派な「中和」なのです。
「ポジティブ思考」というのが「人間が飲めないくらいの濃い食塩水の、他の使い道を考えること」ならば、
「感情の中和や浄化」というのは「人が飲めるくらいまで大量の真水を入れる」ということだと言えば、
理解しやすいでしょうか。
プラス思考に限界を感じたとき、さらに前向きになろうとしても、
徒労に終わるだけです。
太陽に「もっと丸くなって下さい」と言っても、
既に十分に丸い太陽が、余計に丸くなれないのと同じです。
ポジティブになれない時、感情を休めてから考え直しても、遅くはありません。
全てのハードルを乗り越えなくても、
走り抜けばよいのです。
こんにちは。
今日も皆さん、ありがとうございます。
生きていれば誰だって、いい思いもすれば嫌な思いもします。
本当はいい思いだけしていたいものですが、
そのためには全人類ばかりか、生けとし生きるもの全てに自分のご機嫌を取ってもらわなければいけません。
しかも、仮にみんなにご機嫌を取ってもらっても、
たとえば足の小指を物置きの角にぶつけてしまうとか、
洗剤で手が荒れるとか、メールで誤変換を連発するとか、いい思いができなくなることはたくさんあるわけです。
こういうわけで、嫌な思いをしないで生きるのは、まず不可能だということが、
よくおわかりになると思うんです。
さて、嫌な思いをしてしまった時。
人間、不愉快なままでいることには耐えられませんから、
なんらかの対処をします。
こういう時に勧められるのが「ポジティブ思考」です。
嫌なことを「ああ勉強になった、よかったよかった」ということにして、
なんらかの糧にする考え方です。
自分の糧になるのですから、言うことはありません。
しかし、「ポジティブ思考」というのをやるには、エネルギーが必要なのです。
「ああ、嫌だよなあ…」ということを、
いちいち脳をブン回して考え直すとか、角度を変えて見直すとか、
つまりは同じことをもう一回、二回とやり直すのですから、
エネルギーがかからないほうがおかしいのです。
もし嫌な思いをして、「全力を挙げて「ポジティブ思考」をしても限界がある」という場合、
残された方法は一つです。
「忘れ去る」というやり方です。
悪い体験はよい体験で中和できるのです。
嫌なことがあっても、没頭できるものに心を動かされたり感動すれば、
勝手に消えていきます。
もちろん、気持ち良くぐっすり眠ることだって、立派な「中和」なのです。
「ポジティブ思考」というのが「人間が飲めないくらいの濃い食塩水の、他の使い道を考えること」ならば、
「感情の中和や浄化」というのは「人が飲めるくらいまで大量の真水を入れる」ということだと言えば、
理解しやすいでしょうか。
プラス思考に限界を感じたとき、さらに前向きになろうとしても、
徒労に終わるだけです。
太陽に「もっと丸くなって下さい」と言っても、
既に十分に丸い太陽が、余計に丸くなれないのと同じです。
ポジティブになれない時、感情を休めてから考え直しても、遅くはありません。
全てのハードルを乗り越えなくても、
走り抜けばよいのです。