こぶた部屋の住人

訪問看護師で、妻で、母で、嫁です。
在宅緩和ケアのお話や、日々のあれこれを書き留めます。
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窓の灯り

2008-11-30 01:59:40 | 訪問看護、緩和ケア
この狭い町で、ずいぶんたくさんの家を訪問しました。
もう、逝ってしまった方の家の前を、今でもよく通ります。
ただ一人強い意志で、自宅でなくなった老人の家は、もうありません。
セピアカラーの壁も数十年前のノートも、何もない広い庭も、今は新しい建売住宅が、窮屈そうに何棟も立っています。
陽気で優しかったMおじいちゃんの家は、ずっとそのままそこにあります。
でも、今は誰も住んでいません。たくさんいた金魚も鯉も、娘さんが川に返しました。

わたしにとって、忘れられないNさんの家の前も、時折通ります。
Nさんは、とてもきれいな奥様でした。
すっかり痩せてしまった身体を、薄いピンクのガウンに包んで、いつもベットに重ねたクッションにもたれて、待っていてくれました。
大きな家の二階の角の部屋。いつも厚いカーテンが閉まっていました。
なにかから逃れるように、誰からもきずかれないように・・

優しいだんな様がいて、お姑さんと、息子さんも住んでいました。
あとわずかの命と知って、夫は仕事を減らして、よく介護されていましたが、奥様の表情には、いつも影がありました。
ある日、私に何もしないで話を聴いてほしいと言いました。

いろんな話をしてくれました。
家のこと、会社の事、おばあちゃんの事、子供の事、本当は、病気にならなければ、離婚していたであろう事。自分の記憶をたどりながら、聞き取るのに耳をそばだてなければならないほど小さな声で。
一度は憎んで、別れようとした夫を、ある事がきっかけで許す事が出来た事。
今は夫がとても優しくしてくれるけれど、まだ全部をゆだねられない事。
癌がもうどうにもならないくらい進行していて、在宅で死を待つ事を決心したこと。
「私ね、今はとても、穏やかなの。だからこのままそっと、ここで待つの。」
「お友達は、お断りしているの。私が在宅で最後を過ごすと決めた事を、何人かに話したの。でも、わかってもらえなかった。何であきらめるのかとか、もっといい病院を紹介するとか、入院して治療しなきとだめだとか・・さんざん考えて、たくさん話し合って決めた事。後は、穏やかに静かにここで過ごしたいだけなのに、いろんなことを言うの。わかってほしかったけど、無駄みたい。でも、今は静か。
今はとっても穏やか。」

やがて、衰弱していく中で、夫にもゆだねられるようになり、息子さんの誕生パーティを、ベットサイドでやった翌日に、静かに息を引き取りました。

静謐といえるような、彼女の部屋は、しばらく真っ暗なままでしたが、最近は夕方から、灯りがもれる様になりました。

私は、窓を見上げて、たしかにあの部屋で暮らしていたMさんの姿を見たような錯覚にとらわれながら、通りすぎていくのです。