こぶた部屋の住人

訪問看護師で、妻で、母で、嫁です。
在宅緩和ケアのお話や、日々のあれこれを書き留めます。
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不思議な人

2011-08-02 23:48:06 | 訪問看護、緩和ケア
世の中には、不思議な人がいます。

彼に出会ったのは今年の初めでした。

余命1年の宣告を受けて、これからの生活を出来るだけ自由に暮らしたいと希望して、退院前の面談を行ったのです。

退院後は、新しく借りたアパートで一人で暮らすことになっていて、そのためのケアマネ、訪問看護、ヘルパーをまとめてのお願いします、とのことでした。

連携室看護師も含め、今までの経過や家庭環境、なぜ今独居なのかなどを、順を追ってそれは滑らかにお話ししてくれました。
その過去の経歴は華々しく、医療知識もかなりあり、どれほど今まで期待されてきた人間かということも端々にちりばめての話でした。
ただその割に嫌味な感じはなく、とくに別れて暮らすわが子への思いを語る姿には、胸が熱くなるような思いもいだきました。
病院のナースも、彼の言動には一目置くようなそぶりもあり、連携室ナースも私もそれほど彼の話を疑いませんでした。

実際訪問が始まると、訪問した看護師やヘルパーにも、手を止めさせて自分の話をしました。
外交官だった父の赴任先での誕生やそのルーツ、その幼いころの体験のために食事の好き嫌いがあること、そして成績優秀で一流大学を出て一流企業で研究者として世界を股にかけ活躍した話。

高級外車や高級マンション、アルマーニのスーツや貴金属の話・・。

けれど、その話のどれもが今の現実からかけ離れていました。

今は病気のために職も失い、収入も途絶え、家族も去ったのだと彼言い、その彼のために何人かの友人(または部下と彼言っていた。)は、毎日彼の面倒を見に来ていました。(本当に面倒を見ていたのかは不明。)

緩和の薬のもうんちくがあって、主治医も彼の希望をなるべく尊重していましたし、私たちは彼の話を否定することはしませんでした。

ただ、どう考えてもつじつまの合わない話が多くて、そのうち彼の話は「大ぼら」であることが周知されました。
なによりもご兄弟からの実話を聴いてしまいましたので、荒唐無稽な彼の話はどちらかというと物語のように聞こえました。
けれど彼は決して嘘をついているようには見えませんでしたし、確かにその事実があったように話していました。

そんな生活を2か月ほど過ごしたある日、彼は激しい痛みと軽度の意識障害をおこし入院となったのです。

それから8か月・・。

今日、連携室看護師から、彼の訃報を聴きました。

ああ・・。
彼が、死んだ・・。

彼の顔がはっきりと思い出されました。
大ぼらを吹きながら、真面目に人生論を唱える顔。

ヘルパーさんにも伝えました。

いつも明るく身の回りのことをやってくれたAヘルパーは、目を潤ませて「私、もう一度会いたかった。彼の事、嫌いじゃなかったですよ。」と言いました。

みんな同じ気持ちでした。

虚構の経歴をいつも繰り返したかれは、きっと嘘をついているつもりはなかったのだと思います。

もしかしたら、本当に違う次元でその世界にいたのかもしれない。

虚構は虚構でなく、彼にとって自分の人生そのものだったような気がします。

なにかそういう障害があったのかもしれませんが、やっぱり彼ともう一度話がしたかったと思います。

どう表現していいのかわかりませんが、壮大な人生を送った一人の学者が死んだのです。