在宅介護に関しては、感動的だったり温かかったり、意外とよいことばかりが語られがちですが、実際は苦しいことや辛い事も多く、介護の長期化でますますその関係が難しくなる事もあります。
患者さんと家族の関係でこじれてくる場合、ほとんどが今に始まった事ではなく、元気なころからの確執であったり、親子関係の中で、生育環境に起因するものであったりします。
「三つ子の魂百までも」というように、愛情表現がうまくいかずに、愛されたい思いが残ってしまうと、さらに関係が難しくなります。
以前、学童保育でいろいろな子供たちと関わった時にも、幼小児の親の関わり方が、将来的に大きな影響力を持つ事を、実感してきましたので、看取りを前にして親子間が修復できない場面に出会うと、なんとも切ない思いにとらわれます。
子供が親の愛情に疑問を持つと言うのは、とても悲しい話ですし、その疑問の中で育ち大人になってしまった子供が、その親を介護する時の複雑な感情は、とても苦しいものなのでしょう。
それでも、子供(大人になっても)は親の愛情を求めます。
親の愛情をもらえなかった分を、取り返すかのように親を懸命に介護し、そこでまた返って来ない愛情に失望しながら、それでも親を追い求めるのです。
訪問看護をやっていると、そういう親子関係の中で介護をし、苦悩される方を何人も見てきました。
苦しみから投げかけられる言葉の応酬。
言ってしまったことへの後悔。
逃げたい思いと、放っておけない苦しみ。
やはり、いくつになっても子供は親を追い求めるのです。
悲しいことにこういうケースでは、ほとんどの場合子供が求めるほどに、親は自分しか見ていないのです。
そうして何十年も生きてきたのですから、自分中心の人生を歩んできたのですから、最後だから子供に愛情表現をして逝って下さいと言うのは、土台無理な話です。
どうしてあげたらいいのか、私たちもわかりません。
言えるのは、同情や励ましだけでは、何の解決にもならないと言う事だけです。
そんな苦しみの中で、自分を追い込んでしまっている御家族が、訪ねて来ることがあります。
「突然来ちゃった・・。ゴメンナサイ。忙しい時間なのに・・。でも、もう私ダメ・・・」
小さな子供を連れて、玄関で彼女は立っていました。
硬い表情で、呆然と。
献身的な介護の末に、全否定され続けた彼女の心は、悲鳴を上げているようでした。
ゆっくりと、時間をかけて話を聞きました。
途中訪問中に、その一部始終を見ていた看護師も加わり、1時間ほどお話しをしました。
ネグレクトに近かった幼少時からの関わりと、否定しかされない現状。
話を聴いているうちに、それでも少しずつ笑顔が見られるようになりました。
「今の状況を知っている人に、聞いてもらいたい。」
「心療内科のカウセリングに行っても、結局この現状から抜け出せるわけではないので、知っている人に聴いていほしいし、支えてほしい。」
そんな思いに、少しだけでも答えられたかどうかはわかりません。
それでも、帰りには笑顔もありました。
ゴールはまもなくそこにあります。
今は苦しくても、逃げてしまえばもっと苦しむことになるとわかっています。
私たちも、先生も応援することを約束しました。
患者さん自身の想いに沿う。
それとともにご家族も支えられなければ、在宅療養は苦痛でしかないのです。
頑張りすぎず、耳を竹輪にして、笑顔で接して下さいね。
応援しています!
拝読させていただき苦悩のトンネルから前向きに光を見つけ脱出しました!
ありがとうございましたo(^-^)o