Nishinomiya City
Vivitar ULTRA WIDE & SLIM
写真と関係なく・・・。
中国大地震や、秋葉原の事件など、マスコミの報道の仕方にはどうも疑問を感じます(今に始まったことではありませんが)。
興味本位に何でもかんでも放送すればいいというものではないでしょう。亡くなった方の友人の談話なんて、亡くなった方本人はきっと迷惑しているに違いないと思います。
Nikon D100 AF NIKKOR 50mm F1.4
新旧2つのウォークマンである。
日本文化には縮み志向がある、と看破したのはどなただったか。ともかく何でも小さくかわいくするのが日本文化の特徴だ。
左側は昨日買ったデジタルオーディオプレーヤーのウォークマン。もちろんメディアが変わったからではあるが、ウォークマンもここまで小さくなった。
別にソニーが開発したものではないだろうけれど、これはきっとウォークマンが目指した理想形だろうという感じがする。
右側のウォークマンも登場したときはカセットケースと同じサイズとして先端の製品だった。ただ、オートリバースがついておらず、さらに新型が出た後ではちょっと馬鹿にされたものだ。
それでも10数年前、とっくに「化石」のようになっていたこのウォークマンをプラハに持って行き、現地でスメタナの「モルダウ」を聴いたときはけっこう感動したのである。
ウォークマンは、音楽を携帯するという文化を作ったけれど、今は携帯するものが多すぎるような気がしないでもない。
北海道は浦河町の海である。
数年前に浦河町を訪れたとき、泊まるつもりをしていた宿が満室だったため、海岸近くに建つ、うら寂しいビジネスホテルに泊まった。
部屋はベッドに占領された狭い部屋で、浴室も小さくてお湯をためる気になるようものではなく、なんとかシャワーを浴びるスペースはあるといった程度の、典型的な安ホテルだった。
それでも窓からは海が見えて、夜になると遠くに漁り火も光り、その点、旅の情緒だけはたっぷりあった。
宿の近くを歩いてみると銭湯があり、大きなスーパーもあったので、その魚売り場で地元の魚を刺身にしてもらい、それとビールを買ったあと、銭湯へ行った。
客は自分のほかには地元の漁師が2,3人いただけで、今日の漁はどうだった、とかいうような会話を聞きながらのんびり湯につかったあと、ホテルのベッドの上で漁り火を眺めながらビールを飲み、刺身を食べた。
妻は今もこのときの旅が楽しかったといい、いつも北海道に行くときは、またあのときのような旅がしたい、という。
そのホテルの前で撮ったこの海は、なかなか旅心を誘う思い出の風景だ。
この季節になると思いだす海である。
(この写真、こちらにも)
Nishinomiya City
RICOH GR DIGITAL
今日はいい天気だったので西宮市生瀬を散歩。
生瀬を歩いたのには理由がある。
先日から、西宮市が都市景観パネル展というのを市民ギャラリーでやっていて、昨日それを見に行ってきた。西宮市らしいと思われる写真を一般から募集し、それを展示するという企画で、自分も1枚応募していたからだ。
その展示の中に、生瀬小学校の子どもが学校の近所の建物を写生した絵があり、見ていると、お寺や学校の門などもある中で、一番多かったのは駄菓子や飲み物を売る店を描いたものであった。
なんとも子供らしいなあ、と思うと同時に、これらの店を実際に見たくなり、本日、妻と行ってきたというわけだ。
あいにく、一番人気のお店は休みだったので、生瀬駅前のお店の写真を。